地域のインフラとしての使命を全う 東武百貨店
《連載》「ウィズ・コロナ」に求められる安全・安心な買い物環境を提供する百貨店 第5回 東武百貨店
「ウィズ・コロナ」の時代に、どう安全・安心な買い物環境を提供できるか――。百貨店業界の各社は、配慮や工夫に余念がない。消毒、検温、マスクやフェイスシールドの着用、ソーシャルディスタンスの確保など手法は多岐に亘るが、根幹には〝おもてなし〟がある。百貨店業界は常に安全・安心を追求し、おもてなしに昇華させ、信頼を育んできた。そして、最良のおもてなしは時代によって形を変え、ウィズ・コロナの時代にも適合していく。百貨店で買い物を楽しむ人々に、〝百貨店流のウィズ・コロナ〟を発信する連載の第5回は、東武百貨店だ。池袋本店と船橋店を構え、いわゆる「地域のインフラ」としての役割を全うするため、安全・安心との〝折り合い〟に腐心してきた同社。下してきた決断の数々を、合谷俊一執行役員店舗運営部長が明かす。
■感染を防止する方法を、いち早く提示する
――新型コロナウイルスの感染拡大が本格化して以降、どう対策を講じていきましたか。
「1月22日には、従業員にマスクの着用の許可、手洗いやうがいの推奨などを通達しました。店舗や従業員出入口でのアルコール消毒も始めました。百貨店業界では、かなり早かったのではないでしょうか。マスクの着用については、2月中旬に義務化しています」
「元々、当社の危機管理委員会は東日本大震災を契機に、大規模災害の発生を想定したBCP(=事業継続計画)を作成しましたが、2月中旬以降は随時招集し、保健所にも確認しながら、『新型コロナウイルスへの対応について』の行動基準を策定しました。通勤時のマスクの着用や検温のルール化、陽性者が出た際のフローなどを決めていきました。『安全・安心』は大前提で、『こうすれば、感染を防げる』という方法を、いち早く提示する――。それが重要と考えました」
「2月下旬には『接客面での注意点』のルールを策定し、『3密』を防ぐために店内での大型催事や試飲・試食を中止。イートインスペースも減らし、外商顧客用のサロンでのおもてなしも変更しました。3月3日には、営業時間を短縮しました」
――政府の緊急事態宣言を受け、百貨店業界は概ね「全館休業」と「食品売場のみの営業」に切り替えました。食品売場のみの営業に決めた理由を教えて下さい。
「池袋本店、船橋店は、いわゆる『地域密着型』です。地域のインフラとして営業は意識していくべきと考えました。例えば池袋本店は、東京都が外出を自粛するよう求めた3月28日と29日、4月4日と5日は地下1階と同2階の食品売場のみ時短で営業しました。緊急事態宣言下の4月8日以降は、生鮮品やグロサリー、惣菜などを扱う地下2階のみ、午前11時~午後6時で営業しました」
「緊急事態宣言下では、全社員が交代で食品売場に立つ、バックアップ体制を始動しました。誰も経験していない事態ですし、皆で助け合わなければなりません。いわゆる『全体最適』を追求すべきです。結果、食品売場の担当者も出勤は週に2~3日で、他部門の社員と同様に抑えられました」
――急に「食品売場の業務を」と言われて、対処できるのでしょうか。
「BCPが役立ちました。緊急時の最低限の業務を洗い出しており、社員が適応してくれました。全体に『皆で乗り越えよう』という意識が芽生え、暗いムードにはなりませんでした」
――食品売場のみ開く百貨店には、賛否両論が届きました。否定派の論旨は「百貨店の食品はライフラインではない」です。
「池袋本店や船橋店は食品の売上げ構成比が高く、地域のインフラとしての使命感を持っています。(営業の是非について)迷いはあまりなかったです。コロナ禍で不安が広まる中、お客様の『良いモノを食べたい』というニーズは、むしろ増えていました。当社は沿線や近隣の住民に支えられてきました。少しでも、その方々の日常に必要なモノを提供する。それが地域密着型百貨店の役割ではないでしょうか」
「もちろん、営業に反対する声も寄せられましたが、温かい声は何倍も多かったです。百貨店が営業し、いつも食べているモノがある。それは、コロナ禍において心の拠り所となります。東武百貨店の立ち位置を改めて確認できました」
■人の命より大切なモノはない
――ルールは「安全のため東武百貨店が取り組んでいること」や「安心・安全のためにお客様へのお願い」と題し、店内に掲示していますね。
「『人の命より大切なモノはない』を根底に、お客様と従業員の不安を払拭できるよう、保健所や医療機関の専門的視点に基づき、ルールを定めました。マスクの着用、アルコール消毒液やサーモグラフィーの設置、飛沫を防ぐフィルムやフェイスガードの導入、ソーシャルディスタンスの確保、入口や出口の制限、定期的な注意喚起など多岐に亘ります」
「従業員向けには、先述した『新型コロナウイルスへの対応について』や『接客面での注意点』を繰り返し発信し、『感染を防ぐために何をすべきか』を早く開示して、行動に繋げることを重視しています。各部門に非接触型の体温計を配布し、従業員用の出入口にはサーモグラフィーを設置しましたが、今では当たり前になっています」
――マスクやアルコール消毒液などは、在庫の払底に困る企業が少なくありませんでした。
「幸い、マスクの備蓄は従来のBCPに含まれており、1年単位でチェックしていたため、不足しませんでした。1社に依存せず、複数社から供給してもらえるネットワークの構築も重要です。付け加えるなら、とにかく想定を早める。それもポイントです」
「ただ、お客様や従業員に、どう伝えるか。それは留意しました。『伝える』に関しては、お客様が一目で分かるようにルールをイラスト化したり、東京都が発行する『感染防止徹底宣言ステッカー』をいち早く取得して掲示したりしました。今や、マーチャンダイジングでなく、安全・安心がリアル店舗の集客力に直結します。実際、8月末から催事を徐々に再開していますが、最も多い質問は『混んでいますか』です」
――振り返って、最も苦労したエピソードは何ですか。
「従業員や取引先との危機意識の共有、不安の払拭でしょうか。社員には注意点などを専用のウェブサイトに載せ、取引先とも情報を密に共有するなど、徹底に努めました。並行して、従業員食堂や休憩室のスペースを広げ、座席の間隔を広くするなど、安心して働ける感染防止策も講じています」
――店舗運営部長として、百貨店が「新常態」を勝ち抜くためには、どのような変化が必要と考えていますか。
「やはり、リアル店舗とインターネット通販をリンクさせる一方で、百貨店の原点である接客を磨くべきです。リアル店舗での接客を『素晴らしい』と言われるレベルに引き上げなければなりません」
「また、コロナ禍で婦人服や紳士服の低迷に拍車がかかり、ライフスタイル型への転換が加速していくでしょう。様々なカテゴリーが入り混じる売場では、自分が担当する商品以外を、どれだけお客様の生活の変化に沿って紹介できるかが問われます。人財の育成も急がなければなりません」
「マーチャンダイジングでは、関心が強まる防災用品や衛生関連商品、日用品を店舗全体で提案しています。百貨店らしい必需品という観点では、東武百貨店オリジナルのマスクを発売し、5日間で2200枚以上を売上げました。機能性はもとより、純銀糸を使用したメッシュ生地の『上質感』が評価され、以降も売れ行きは良好です。こうした百貨店ならではの商品提案力を培っていきます」
「当社は9月1日、池袋本店と船橋店の営業時間を変更しました。池袋本店は各階で1時間~1時間半、船橋店は地下1階と地上1階で1時間の短縮です。お客様とともに生きる『ニューノーマル』における働き方改革にも踏み切り、ウィズ・コロナの時代を前進していきます」
(聞き手・野間智朗)