2024年11月19日

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【連載】富裕層ビジネスの世界 暗号資産界のリーマンショック、世界最大級の交換所破綻のインパクト

ついに米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手や女子テニスの大坂なおみ選手まで訴えられた──。

11月16日、世界的な日本人スポーツ選手の2人がアメリカ・フロリダ州の連邦地裁に提訴された。プレー中に問題を起こしたり、違法なことを行ったりといった理由ではない。ある企業のブランドアドザイザー、つまり“広告塔”になっていたことで投資家たちに巨額の損害を与えたとして、投資家たちから「賠償責任がある」と訴えられたのだ。

ある企業とは、アメリカのFTXトレーディング。サム・バンクマン・フリード氏は、暗号取引会社アラメダ・リサーチを立ち上げた後、2019年に暗号資産(仮想通貨)のプラットフォームFTXを立ち上げた。安い取引手数料を武器に自己資本の20倍ものレバレッジをかけた取引のほか、株式をトークン(電子証票)化した株式トークンや暗号資産オプションといったデリバティブ(金融派生商品)など、幅広い商品を取り揃えていることで人気を集めた。

FTXが一躍有名になったのは、大谷選手や大坂選手などを始め、アメリカのナショナル・フットボールリーグ(NFL)でスーパーボウル7回制覇に貢献したトム・ブレイディ選手や、米プロバスケットボールNBAのステフィン・カリー選手、シャキール・オニール氏など世界的な有名スポーツ選手とアドバイザー契約を結んだこと。こうした選手たちは皆、大谷選手らとともに訴えられている。

ではなぜ大谷選手らは訴えられたのか。その理由は11月11日、FTXトレーディングが日本の民事再生法にあたる連邦破産法11条(チャプター11)の適用を申請したからだ。原告たちは「著名人たちを使って経験の浅い投資家たちをFTXに呼び込み、説明を省略したり不正確な説明をしたりしてFTXが扱っている暗号資産が安全だという印象を投資家に与えた」と主張しているわけだ。

11日にFTXトレーディングが裁判所に提出した資料によると、資産額と負債額はともに100億ドルから500億ドルの範囲内とされている。FTXと同時に破産申請したアラメダ・リサーチについても、負債総額は100億~500億ドルだったという。未確定ながらも負債総額は数兆円規模に達し、暗号資産業界最大規模の経営破綻となる見込みで、「暗号資産界のリーマンショック」とも言われている。

破綻のきっかけはあるレポート

そもそもFTXはなぜ破綻したのか。事の発端は11月初旬、アメリカの暗号資産に特化したメディアであるコインデスクが、バンクマン・フリードの2社について安全性を疑問するレポートを発表したことだった。アラメダとFTXは別会社であるにもかかわらず、アラメダの資産のほとんどがFTXでつくられたオリジナルのトークンであるFTTに紐付けられたものとされ、「流動性に疑問符が付く」と報じたのだ。

その数日後、FTXのライバルであるバイナンスのチャンポン・ジャオCEOが約5億3000万ドル相当(1ドル140円換算で742億円)のFTTを手放すことを決定。これが引き金となってわずか72時間の間に推定で60億ドル(同8400億円)分の資金がFTXから引き出されてしまったのだ。

万事休すの事態に陥ったバンクマン・フリードはライバルのバイナンスに救済を要請する。一時は米国以外の事業について買収することに合意したものの、バイナンスは翌日に方針を撤回。資金繰りに窮したバンクマン・フリードは資金調達に奔走し複数の投資家と調整を進めていたものの話はまとまらず、FTTも大暴落。11月11日、ついに命運尽きてチャプター11の適用を申請、バンクマン・フリードも辞任した。

顧客の資金を流用した疑惑も

FTXの破綻は負債総額の大きさもさることながら、暗号資産業界が抱える構造的な問題も浮き彫りにした。

その1つに、裏付け資産のないトークンのFTTを支払い、借り入れ担保などに金融資産として利用しながら、企業買収などビジネスを拡大してきた、いわば暗号資産業界に特徴的な「錬金術」的な経営手法を拡大させ、それが行き詰まったという面がある。

そして、財務についての情報開示が十分になされず、またビジネスを外部から監視するガバナンスが機能していなかったことから、FTXの実態が外部から十分に認識されないままにビジネスを急拡大させたという問題もある。

さらに、FTXは暗号資産取引のために約100万人とされる顧客から預かった160億ドル(2兆2400億円)のうち、約100億ドル(1兆4000億円)をアラメダに貸し付けていたという不公正な取引も問題として明らかになっている。もうこうなると、高金利をうたって巨額の資金を集めながら、運用に回さず自らの遊行費などに当てる典型的な詐欺と一緒だ。

つまりFTXは、情報開示の欠如、ガバナンスの欠如、顧客資産の分別管理の欠如、顧客資産の流用、顧客資産のハッキングのリスクがあるホットウォレットでの不適切管理など、過去の暗号資産取引所の事件で見られた経営上の問題点をすべて含んでいる。

加えて、暗号資産の価格上昇を前提として資産の裏付けのないトークンを発行し、それを通じて「錬金術」的な経営手法を行っていることや、顧客に高い利回りでの運用を保証しているなど、やはり以前の暗号資産取引所の事件でも明らかになった問題のあるビジネスモデルを継続するなど、過去から何も学んでいなかったといえる。

そもそも暗号資産は従来の通貨に対する不信感から誕生していることもあり、裏付け資産を持たず規制に縛られず、監督のない自由な環境で成長してきた。それがまた裏目に出たと言える。

保全命令で国内顧客は一安心だが

事態は深刻だ。チャプター11の適用申請後、FTXは口座(ウォレット)を統合するとともに、インターネットから切り離したコールドウォレットにする作業を進めているが、それが完了しない段階でインターネットを通じた不正な引き出しが行われ、顧客資金が奪われたとみられる。
ウォールストリート・ジャーナル紙の報道によると、約3億7100万ドル(519億4000万円)がハッキングによって不正に引き出されたという。この不正引き出しによって、FTXの顧客が取り戻すことができる資産はさらに減額される。

FTXが裁判所に提出した資料によれば、債権者は世界で100万人を超えるとみられており、今後、どれほどの資金を取り戻せるかは極めて不透明。ただ日本法人のFTXジャパンは現預金が196億円、自己資本が約100億円で、資産が負債を上回る資産超過の状態。さらに破綻直後であった11月10日の深夜、金融庁が日本の顧客を保護するために国内資産の保全命令を出しているため、「とりあえず、日本国内の顧客は一安心」(金融関係者)だ。

ただ、不安も残る。現在、FTXは優良なジャパンを売却する方針を発表し、投資銀行経由で売却の打診を行っているという。今後、「スポンサー企業が現れ、ジャパンだけで再生してくれれば顧客の資産も毀損せずにすむだろう。しかし、スポンサー企業が現れなかった場合、破綻手続きなどの枠組みでアメリカを始めとするグループ内で弁済の資金をかき集めることになり、10万人ともいわれている日本国内の顧客がどれだけ取り戻せるか不透明な状況に陥る」と見る金融関係者も少なくない。

また、今回のFTXの破綻によって、暗号資産に対する懐疑的な見方が急拡大し、他の暗号資産もつられて大きく値を下げるなど影響は大きく広がっている。暗号資産業界は冬の時代に突入したといえる。

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