2024年11月19日

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【連載】小田急百貨店は顧客と売場の目線で推進、XRにも注目

デジタルトランスフォーメーション(DX)の“波”は、コロナ禍によって全世界で勢いを増した。日本の百貨店業界でも、大手を中心にDXを推し進める企業が目立つ。しかし、DXの定義はあやふやだ。絶対的な正解があるわけではない。そこで「デパートニューズウェブ」は、百貨店業界の各社に「DXのキーパーソン」を尋ね、インタビューに応じてもらう。DXをどう捉え、どのような方法で、どういう順番で、どこから手を付けるのか――。各社各様のDXを“共有”し、百貨店業界の振興に役立ててほしい。第2回は、小田急百貨店の早川友隆デジタル戦略推進部(デジタル戦略推進担当)統括マネジャーと河合亮佑デジタル戦略推進部(デジタル戦略推進担当)マネジャーに話を聞いた。

《連載》DXのキーパーソンに聞く 第2回 小田急百貨店

早川友隆デジタル戦略推進部(デジタル戦略推進担当)統括マネジャー(右)と河合亮佑デジタル戦略推進部(デジタル戦略推進担当)マネジャー

――まずは経歴を教えて下さい。

早川 実は今年3月1日付で着任したばかりです。それまでは店舗開発担当、その前は婦人ファッションを担当していました。

河合 昨年3月1日付で「デジタル戦略推進部」が発足した時から籍を置いており、それまでは町田店の営業部の担当、その前は新宿店のハルクスポーツを担当していました。

――デジタル戦略推進部を立ち上げた経緯を教えて下さい。

早川 お客様と、どう接点を増やすか。従業員を、どう働きやすくするか。その実現に向けて設立され、新しいビジネスモデルの構築を目指します。組織は部長を含めて専任が3人、他の部署との兼務が4人です。兼務者が多いのは利点で、インターネット通販サイト「小田急百貨店オンラインショッピング」の担当者ら別の部隊と連携しやすく、風通しも良好です。小田急百貨店オンラインショッピングの売上げは着実に伸びていますが、デジタル戦略推進部としてはデジタルに関する戦略の策定やSNSをはじめデジタルコミュニケーションチャネルの整備などが主な役割で、顧客接点の増加と購買導線の強化に主眼を置いています。

――具体的には、これまでどのような施策を講じてきましたか。

河合 まずは課題の“見える化”に着手しました。例えば後方部門の担当者と売場の担当者では、課題の認識が感覚的に難しい部分がありますからね。並行して「LINE」の「友だち」を増やそうと試み、効果が大きかったのは小田急電鉄と組んで今年の1月2~11日に行ったキャンペーンです。一定額のお買い物をされた方を対象に、小田急百貨店のLINEの友だちになっていただき、小田急電鉄の「小田急アプリ」をインストールしていただくと、小田急ポイントに1000ポイントプレゼントという内容で、かなりの数の友だちを獲得できました。多かったのは年配層ですが、ご家族で新宿店を訪れ、娘さんが友だちになってくれるなど、若年層も取り込めたのは収穫です。

LINEの友だちは順調に増えています。新宿店が約9万5000人、町田店が約5万5000人、ふじさわ店が約1万人で、全体では15万人を超えています。以前は各店で獲得に力を入れていましたが、今回は全体で動いており、キャンペーンも3店舗同時に開催しました。

LINEは「Twitter」と異なり拡散性がなく、情報発信をメインにしてきましたが、スマートフォンで商品の注文や相談が可能な「小田急リモートサービス」をはじめ、“デジタル”を用いたサービスを増やしており、「日々使ってもらえる(百貨店)」を目指す上では、情報発信の質が問われます。「欲しい情報だけ送ってくれればいい」という人が多く、現状は総花的ですが、今後は1人1人の関心に合わせて情報を発信したいと考えています。

LINEの「友だち」は新宿店で約9万5000人に上る

早川 カード(の情報)と紐付けて精度を上げたいです。

――約15万人の友だちの買上げ頻度が上がれば、自然と売上げは伸びますね。この数まで増やせた要因は何でしょうか。

早川 媒体を紙からSNSに振ってきたのは事実です。

河合 基本的には各店が地道に獲得に励んできました。社員が朝礼などで「デジタルでの接点の取得が重要」と啓蒙し、従業員が接客で「小田急百貨店のLINEの友だちになって下さい」と言えるようにしました。

――情報発信の中身についても教えて下さい。どう工夫して、購買意欲を喚起しますか。

河合 カテゴリーごとに情報を絞り込んでいます。「Instagram」は食品の「小田急百貨店 新宿店 デパ地下 スイーツ&グルメ」と化粧品の「小田急百貨店 コスメ&ビューティー」、町田店の「小田急百貨店 町田店」に区分。若年層を中心にInstagramで商品を検索する人が多く、画像で視覚的にアプローチできるのがメリットです。内容は販売促進部の担当者が決めています。

Instagramの「小田急百貨店 コスメ&ビューティー」

早川 化粧品のアカウントは、見た人の心に刺さるように、有益なように、投稿の内容を工夫しています。具体的には、単に商品を紹介するだけでなく、動画も交えて「使い勝手の良さ」を伝える、などです。

河合 企業目線でなく、顧客目線が大切です。化粧品のアカウントを設けたのは昨年の12月ですが、フォロワーは7158人(今年3月28日時点)で、まだまだではあるものの、一定の支持は得られているのではないでしょうか。他のSNSについては、拡散性が高いTwitterをキャンペーンなどの告知に用いています。

――コロナ禍では各社がオンライン接客やライブコマースを積極化していますが、小田急リモートサービスは好評ですか?

河合 リモート注文サービスは2020年10月に始め、リモート接客サービスは21年11月に追加しました。リモート接客としては後発ですが、自社で開発したシステムで運用しており、オンライン上で決済まで全て完結します。認知度など課題は多いですが、百貨店ならではの対応として顧客満足度は高く、リモート注文サービスも含めて客単価が高いのも特徴です。

昨年11月に始めた「リモート接客サービス」は好評

――リモート注文サービスやリモート接客サービスがあったからこそ、というエピソードはありますか?

河合 「会社の先輩にプレゼントしたい」という2人のお客様です。2人は別々の場所でリモート接客サービスを利用し、最終的にあるブランドの化粧品を購入しました。金額は、そのブランドの平均よりも圧倒的に高かったです。お客様にとっては、周りの目を気にせず何でも聞けますし、販売員もじっくりと提案できるため、好結果が生まれやすいと分析しています。2人のお客様も、意図せず当初の予算をオーバーしてしまったようです。

早川 リモート接客サービスは、やはり販売員の説明が大事です。

――百貨店の販売員の大半は取引先から派遣されますが、協力は得られていますか?

河合 フロアのマネジャーに間に入ってもらい、協力を求めています。ただ、取引先もリモート接客に乗り出したり、「LINE WORKS」を導入したりして、業務のデジタル化に慣れており、リモート注文サービスやリモート接客サービスに協力的です。それどころか、利用を促進するキャンペーンを展開しようという動きも、売場によってはあります。お客様が店舗に来ない時に、どれだけ繋がれるか。LINEのプッシュ通知やInstagramの投稿から商品を買ってもらえるように、突き詰めていきます。

――従業員が働きやすい環境を構築するのもDXです。その点は、いかがですか。

河合 昨年12月、外商部門へLINE WORKSを導入しました。外商の担当者は従来、電話したり、家を訪問したりして、お客様とコミュニケーションを深めていましたが、お客様から「電話より連絡しやすい」と好評です。往々にして、高齢のお客様とデジタルの親和性は低いとみられがちですが、実態としては関係ありません。

お客様向けでは、待ち時間が長い学生服の購入を予約できるシステムも、町田店で導入しました。

一方で、若手社員を中心に「DX推進プロジェクト」を実施しました。合同ミーティングでは、それぞれの売場などで抱える課題を挙げてもらい、業務の改善に役立てるため関係部門へちヒアリングに行きました。実際、改善へ向けて進めている業務もあります。以前は特定のお客様にポイントを付与したい時、申請書を提出しなければなりませんでしたが、業務のフローとしてシステムで申請をできるように今後運用していく予定です。

――デジタルの技術は日進月歩です。特に注目する技術はありますか?

早川 XR(現実世界と仮想世界の融合)は大事です。昨年12月には靴のバーチャル試着を、今年1月にはARグラスを使って日本の伝統工芸文化を楽しめるイベントを、それぞれ行いましたが、ともに活況を呈し、SNSで拡散されました。デジタルとリアルを掛け合わせて、どう面白い体験を提供できるか。取り込みたい若年層と親和性が高いですし、これからも手掛けていきます。技術も進化していくはずで、使える準備は怠れません。2022年度(22年3月~23年2月)は、DXのスピードをより上げたいです。

「XRは大事」と指摘する早川氏

河合 新たなツールを導入する時、抵抗感や負担は少なからずあります。どうメリットを説明するかが大切です。例えばLINE WORKSを活用する取引先は新しいツールにも積極的ですが、そうではない取引先の方が多く、当社はチラシや名刺サイズの紹介カードなどを渡し、協力してもらえるように努めます。

――今後の展望を教えて下さい。

河合 小田急ポイントカードと当社のLINEの友だちの連携を予定しています。よりパーソナルな提案が可能になります。4月20日には、ホームページと小田急百貨店オンラインショッピングで新しいウェブカタログを公開する予定です。新宿店、町田店、ふじさわ店の3店舗の母の日のギフトが掲載され、小田急リモートサービスの利用で自宅や外出先からでも自由に購入できます。もちろん、小田急百貨店オンラインショッピングで取り扱う商品の画像をタップすると購入用のページに飛ぶなど、購買導線も整えました。母の日に限らず、歳時記やオケージョンに対応していきます。

「小田急ポイントカードと当社のLINEの友だちの連携を予定しています」と語る河合氏

早川 デジタル戦略推進部は兼務者が多いため、2週間に1度は集まり、課題を吸い上げています。私は3月1日に着任したばかりでDXの知識は少ないですが、お客様や売場の目線は分かります。デジタルに詳し過ぎると、“デジタルありき”になってしまうのではないでしょうか。お客様にとってデジタルは必要です。ただ、本質を見極めてやっていきます。デジタル戦略推進部は、ITの担当者と売場の担当者の中間に立ちたいと考えています。

河合 (デジタルのツールなどを)どこまで使ってもらえるか、結果を出せるように傾注します。

――国内外で熱視線を浴びる「メタバース」をどう捉えていますか? また、DXの観点で気にある企業はありますか?

早川 メタバースに興味はありますが、参入すべきかどうかは、よく見極めたいです。個人的にはNFT(非代替性トークン)が面白いのではないかと思っています。実は、小田急沿線には多くのクリエイターが居を構えています。百貨店がインフラを提供し、クリエイターを集められたら、沿線価値の向上、次世代の富裕層への新たな提案になるのではないでしょうか。

河合 ホームセンターのカインズのアプリに注目しています。店頭とインターネット通販サイトの在庫の一元化は百貨店のボトルネックですが、カインズのアプリでは「マイストア」に登録した店舗の在庫数が一目瞭然ですし、他の機能も充実しています。

(聞き手:野間智朗)

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