2024年11月19日

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【連載】そごう・西武の統一見解は「お客様と従業員の体験価値を上げる」

デジタルトランスフォーメーション(DX)の“波”は、コロナ禍によって全世界で勢いを増した。日本の百貨店業界でも、大手を中心にDXを推し進める企業が目立つ。しかし、DXの定義はあやふやだ。絶対的な正解があるわけではない。そこで「デパートニューズウェブ」は、百貨店業界の各社に「DXのキーパーソン」を尋ね、インタビューに応じてもらう。DXをどう捉え、どのような方法で、どういう順番で、どこから手を付けるのか――。各社各様のDXを“共有”し、百貨店業界の振興に役立ててほしい。第1回は、そごう・西武の楠本博紀デジタル戦略本部事業デザイン部部長に話を聞いた。

《連載》DXのキーパーソンに聞く 第1回 そごう・西武

そごう・西武の楠本博紀デジタル戦略本部事業デザイン部部長

――まずは経歴を教えて下さい。

入社して36年ですが、うち26年間に亘りシステムの部門に所属しています。「事業デザイン部」が発足した2017年9月から現任です。

――そごう・西武は2021年3月1日付で「デジタル戦略本部」を新設し、DXを加速させてきたと捉えていますが、前提としてDXをどう定義していますか。

社内の統一見解として「お客様と従業員の体験価値を上げる」があります。DXは目的ではなく手段です。お客様に喜んでもらえるように、従業員が気持ち良く働けるように、DXによってビジネスモデルや業務モデルを変えていきます。

――それを主導するのがデジタル戦略本部ですか。

デジタル戦略本部は「事業デザイン部」、「(インターネット通販サイトの)e.デパート部」からなり、100人の社員を擁します。私が部長を務める事業デザイン部は、新規事業の開発と(DXを進める上での社内の)総合政策調整機能が主な役割です。

――新規事業の開発について教えて下さい。百貨店業界の多くの企業が、DXと紐付けて新規事業の開発を急いでいます。

言葉で表すなら、「破壊的なイノベーションで新規事業を創出する」。部員には「百貨店の枠にとらわれず、何でもやっていい」と言っています。ただし、経営資源を生かすのが大前提です。経営資源とはすなわち「立地」、「優良顧客」、「優れた商品を有する取引先」、「優秀な人材」です。

――これまでの成功談と失敗談を教えて下さい。特に失敗談は、後に続く企業の参考になります。

数多くの失敗を繰り返してきましたし、新規事業を立ち上げて燃え尽き、入れ替わる人が多いのも事業デザイン部の難点ですが、チャレンジャーが循環されているとも言えます。実際、部内では絶えず3~4のプロジェクトが進行していますからね。そうした中で、後に続く企業の参考になるのであれば、いくつかの失敗談を披露します。

1つ目は2015~2017年の「百万貨店」構想です。ネット通販サイトであれば、品揃えは無限です。e.デパートで百貨店ならぬ百万貨店を目指したのですが、そもそも百貨店は取引先の商品と販売員が大半を占めており、在庫を把握できませんし、いわゆる「ささげ」の「げ」(=原稿)が難しい。商品に精通していないからです。百万貨店の構想は頓(とん)挫し、今は食品や化粧品など強いカテゴリーに集中しています。

2つ目は「IoTメジャー」です。メジャーに測定器が付いており、ボタンを押すと採寸のデータがスマートフォンに送られます。我々は採寸の業務が速くなり、再来店のお客様にはデータを生かせると考えたのですが、販売員にとって採寸はパフォーマンスの一環であり、受け入れられませんでした。前述した社内の統一見解「従業員の体験価値を上げる」にそぐわなかったのです。

3つ目はAR(=拡張現実)を活用した店内案内です。お客様のスマートフォンの画面に矢印が表示され、それを辿ると目的地に辿り着けるのですが、店舗の安全管理の担当者に猛反対されました。いわゆる「歩きスマホ」の状態で、危険かつ迷惑ですよね。

4つ目は、マイクで拾った声を自動で書き起こす機械です。百貨店業界は、お客様の声を品揃えやサービスに反映します。案内所やコンシェルジュカウンターに機械を置き、その声を自動で集め、AI学習させてチャットボットにしようと思ったのですが、案内所やコンシェルジュカウンターの近くは多くのお客様が通ります。周りの音が大きく、お客様の声が全然入りませんでした。

4つの失敗から、リテールテックを採用するだけではダメだと結論を出しました。リテールテックは目新しく、面白いですが、長続きしません。百貨店は、まだまだアナログで人的資源を頼って営業しており、取引先から派遣される販売員にはリテールテックの使用を強制できませんしね。

――貴重な4つの轍(てつ)を示して頂き、ありがとうございます。成功談については、いかがでしょうか。

1つ目は「CHOOSEBASE SHIBUYA(チューズベースシブヤ)」です。OMO型ストアとして昨年9月2日に西武渋谷店に開きましたが、Instagramのフォロワーは約1万3000人(3月17日時点)にのぼり、リアル店舗とネット通販サイトを合わせて1日に3000人が訪れます。売場は7人の社員で運営しており、1日の出勤は3人ほどなので、高効率な売場でもあります。

昨年9月2日に西武渋谷店に開いたOMO型ストア「チューズベースシブヤ」

――OMO型ストアやショールーミングストアはマネタイズが課題とされます。

マネタイズの方法はサービス利用料と売上げに応じた手数料の2つがありますが、営業利益ベースでは下期(21年9月~22年2月)の目標を達成しました。オープン後を振り返ると、最初は“デジタル”が好きな人が多く、徐々にメインターゲットであるZ世代が増えています。売上げはリアル店舗もネット通販サイトも目標を捉えており、当初はリアル店舗が中心でしたが、ネット通販サイトも伸びてきました。売れ筋のキーワードは「チューズベースシブヤでしか買えない」です。

チューズベースシブヤが目指すのは、ファッションからインテリア、雑貨、食品まで選べる「究極のOMO型セレクトショップ」です。売れ筋を語るよりも、出会って選ぶ楽しさを重視したい。リアル店舗は半年に1度のペースで再編集し、今年の3月にはテーマを「ギフト」に切り替えましたが、どれくらい伸びるか楽しみです。

2つ目は食品宅配の「e.デパチカ」です。各店の第1次商圏をデジタルでネットワーク化したいと考え、西武池袋本店を皮切りに、そごう広島店、そごう千葉店、そごう横浜店と水平展開してきました。今後5年以内に全店に広げます。日販計は200件ほどで、数は西武池袋本店が断トツです。注文は出前館(そごう広島店はウォルト)で、西武池袋本店では自社のウェブサイトでも可能ですが、他の店舗でも自社のウェブサイトでの受付を進めていきます。

食品宅配「e.デパチカ」は日販計が200件ほどと好調で、拡大路線を採る

拡大路線を採るのは、好評だからです。老若男女を問わず支持されており、個人だけでなく法人の需要も引き出せています。個人でも法人でも10万円を超えるような高額受注もあり、商品の代金に加えて手数料などを払ってでも頼みたい人は多いと確信しました。百貨店業態に合っており、「アフター・コロナ」でも需要は残るはずです。

3つ目は「AIカメラ」です。チューズベースシブヤに導入し、お客様の行動を“見える化”しましたが、有益なデータを得られています。当社は全店舗をOMO型にしていきたいですし、そのためにはネット通販サイトの当たり前をリアル店舗でも当たり前にしなければなりません。

ネット通販サイトでは、お客様がどこから来て、どうサイトを巡回し、何を買ったのか、あるいはどこで離脱したのか、全て可視化されます。

一方で、「ビフォー・コロナ」の西武池袋本店には1年間で約7000万人が訪れましたが、フロアや売場、ショップごとの数は分かりません。ネット通販サイトにおける「クリックスルーレート」や「コンバージョンレート」のリアル店舗版を把握できれば、対策も講じられますから、西武池袋本店とそごう大宮店で今後AIカメラの実証実験を始め、5年間で全店化したいと考えております。

――今後の戦略を教えて下さい。

DXは他の部署、部門と連携して進めなければなりません。これまでの成果を踏まえ、中期経営計画とリンクさせた戦略を構築し、横串を通して調整していきます。バラバラではダメです。チューズベースシブヤのように一定のコストを要するDXもありますから、営業投資ともリンクさせます。社内のルールの見直しや推進体制の整備、従業員の教育も欠かせません。デジタル戦略本部として、全てを担っていきます。

中期的にはネットストアやAIカメラを各店でインフラ化しつつ、チューズベースシブヤの知見を水平展開します。例えば、お客様がスマートフォンだけで自由に買い回れる売場です。チューズベースシブヤも、ネット通販サイトを大きくしていきます。昨年11月にリリースした「クラブ・オン/ミレニアム アプリ」のリモート販売も強化します。地方店舗にVR(=仮想現実)やARの空間を用意し、お客様に西武池袋本店のラグジュアリーブランドの商品や接客を体感してもらい、アプリで決済する。これは多くの売上げに結び付くのではないでしょうか。

お客様との接点、お客様の体験を、リアルとデジタルの融合でシームレス、フリクションレスにしていきます。言い換えると、フィジタル化です。ファッションが好きな顧客がいるとして、リアル店舗しかなければ、3カ月に1回くらいしか足を運ばないでしょうが、デジタルなら毎日でもアクセスしてもらえます。裏返すと、デジタル上のデイリーアクティブユーザーを増やすと、店舗資産の価値も上がります。これもプロパティマネジメントですし、それを支えるのがOMOです。

――最後に、DXにちなんで注目している技術などはありますか。

ブロックチェーンです。先々を見据えると金融、不動産、デジタルが成長領域で、3つのうちどういうモデルをどういう順番で進めるか思案すると、デジタルが最も手っ取り早い。そこに金融の要素を加えてリアルで展開できないか、探究しています。

(聞き手:野間智朗)

西武渋谷店がOMO型売場をオープン “未来の百貨店”創造に本腰

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