2024年11月19日

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満員御礼、西武渋谷店と“クロクロ”の好循環

西武渋谷店に出た「クロクロ」。婦人服や紳士服、服飾雑貨など約200点が並んだ

満員御礼だ――。西武渋谷店は1月18~31日、不要となった服を3着持ち込むと、同様に他の人が手放した服を3着持って帰れるポップアップショップ「CLOSETtoCLOSET(クローゼットトゥークローゼット)」(以下、クロクロ)を誘致し、その有料入場券が完売した。服を売らず、交換するという「SDGs」や「サステナブル」に適うクロクロは、これまで多くの服を売ってきた渋谷に、そして同店に新風をもたらし、消費者の“循環型”に対する関心の強さを克明に浮かび上がらせた。

クロクロは、「Z世代」の三和沙友里さんが2019年に立ち上げた「energy closet(エナジークローゼット)」(以下、エナクロ)のポップアップショップを指す。エナクロは「“服を売らない”アパレルブランド」を掲げ、都内のレンタルスペースで行うクロクロを通じ、服の循環を促してきた。

服を交換したい人は、事前にイベントプラットフォーム「Peatix(ピーティックス)」で3000円の入場券を買う。コロナ禍を踏まえて完全予約制および人数制限を採っており、会場を訪れたい日時も選ぶ。当日は3着の服を持参。会場には三和さんが2~3点ずつコーディネートした服が並び、うち3着を選んで持ち帰れる。

三和さんの自信作というコーディネート

雑然と服を並べず、三和さんの感性を通すのが特徴だ。「皆がやらないコーディネートを心掛けている。古着屋やリサイクルショップが値段を付けられない、捨てられてしまう穴が開いたトップスも、上手くインナーと組み合わせれば、新しい着こなしとして楽しめる」(三和さん)。服の廃棄を減らし、循環を増やすための工夫に余念がない。

3000円の入場料にも確固たる理由がある。「わざわざ3000円を払う人は、想い入れがある服しか持ってこない。そもそも、安過ぎると“気合い”が入らない」(三和さん)。

“気合い”とは言い得て妙だ。3000円を払うからこそ、何を持っていくか、何を持って帰るか、真剣に考える。会場で時間をかけて服を吟味する。そこに熱気やエンターテインメント性が生まれ、参加する楽しさに還元され、リピーターを育む。

目新しい方法だけに、初めてのクロクロは「(客が)3人しか来なかった」(三和さん)が、Instagramを使った地道な情報発信も実り、回を重ねるごとに客は増加。とりわけ、古着の利用を含めてリサイクルやリユースが“当たり前”のZ世代の心を掴んだ。

メディアで取り上げられる機会も増えると、昨年6月だった。エナクロのInstagramのアカウントにダイレクトメール(以下、DM)が届く。送り主は、そごう・西武で新しい取引先の開拓やポップアップショップの誘致などを担う中山茉莉花リーシング本部商品計画部企画担当。中山さんはウェブメディアの記事を読んでエナクロに興味を持ち、ダメ元でDMを送った。そごう・西武の店舗にクロクロを出してもらうのが前提でなく、中山さんは「もし協業が可能なら、具体的な方法は三和さんと一緒に考えたいと思っていた」と振り返る。

三和さんは当日中にDMを返したものの、出店に乗り気ではなかった。「(企業の管理職や経営陣など)上の年齢の人には理解されないと思っていた。エナクロはビジネスありきではないし、沢山売れるわけではない。基本的には独力で運営する」という矜持からだ。

翻意させたのは、中山さんの姿勢と熱意だった。三和さんは「対等に話してくれた上、『(エナクロやクロクロを)他の社員がどう思うか分かりませんが、必ず実現させます』と言ってくれた。中山さんだから、組んだ」と強調する。

中山さんと三和さんはオンラインで商談を重ね、昨秋には西武渋谷店で1月にクロクロのポップアップショップを開くと決定した。中山さんは「三和さんの『ファッションを楽しんで欲しい』という気持ちが伝わってきた。当社でファッションなら西武渋谷店。その最も高感度なフロアであるB館4階のイベントスペースを使い、かつ全社的に『サステナブル』にフォーカスする期間(1月18日~2月14日)に充てた」と経緯や狙いを明かす。

西武渋谷店のクロクロは“ありのまま”で構えた。百貨店業界の各社はポップアップショップを誘致する際、“限定”や“特別”を求めがちだが、三和さんの“オリジナリティ”を尊重。通常のフォーマットを持ち込んだ。

ポップアップショップには、婦人服や紳士服、服飾雑貨など約200点を陳列。事前にそごう・西武の社員や西武渋谷店の従業員からも服や服飾雑貨を集め、それには想いや推奨するコーディネートなどを記入したカードを付けた。期間は1月18~31日、うち22日、23日、24日、29日、30日、31日の6日間を対象に有料入場券を発行。他の日は展示とした。

服だけでなく帽子やベルトなど雑貨も選べる

百貨店で初めてのクロクロとあって、多くのメディアが報道。有料入場券は全日で完売した。従来の客は20代前半がメインだが、西武渋谷店では20代後半が多く、それより上の年代も目立つ。

三和さんの印象に残ったのは、40代か50代とみられる女性だ。持ち帰りたい服が見付からず、「キャンセルできないの?」と言い出した。しかし、説明や助言を受け、最終的には自身の服装とテイストが異なる3着を選び、帰路に就いたという。三和さんは「普段は着ない服にチャレンジする楽しさを提案できた」と喜ぶ。

中山さんは「お客様の滞在時間が40分ほどと長い。組み合わせを考えると、ずっといられる。カップルで来ても絶対に楽しい。皆がハッピーになって帰っていく。クロクロは初めてで成功の確信はなく、実証実験と位置付けたが、次のステップも見えてきた。良い環境が整えば、また三和さんに提案したい」と手応えを実感する。

完全予約制で、時間帯ごとの客は8人ほどに制限されるため、収益力が高いポップアップショップではない。目的は別だ。「服を売らないブランドが百貨店に登場し、『そごう・西武って面白い』となれば、将来に繋がる。楽しくなければ百貨店ではない」(中山さん)。

「エナクロ」の代表である三和沙友里さん(右)と、そごう・西武の中山茉莉花リーシング本部商品計画部企画担当

ある日、若い男女のカップルが西武渋谷店のクロクロを訪れた。女性は「お気に入りの3着を持ってきた」といい、それを見た男性は「よく着てんじゃん。いいの?」と驚く。女性は意に介さず、「(気に入った服を持ち込む)そういう場所でしょ」と答えた。この女性にとってクロクロは、お気に入りを手放す代わりに“新たなお気に入り”と出逢える場なのだ。男性は考え方に感動し、自分が持ち帰れる3着のうち1着分を女性に委ねた。

百貨店が単なる“モノ売り”だったら、生まれなかった物語、エンターテインメントだ。百貨店と若年層を結び付ける機会にもなった。そごう・西武とクロクロが循環させたのは、服だけではない。

(野間智朗)