【連載】富裕層ビジネスの世界 税制改正でも課税強化で追い詰められる富裕層
富裕層の元に相次ぐ“お尋ね”
2021年の秋から冬にかけて、富裕層の間である噂が駆け巡った。
「国税が富裕層の海外資産にターゲットをしぼり、本気になって探っているらしい」
国税庁が「取れるところから取る」として、富裕層の海外資産について一斉に問い合わせを始め、申告漏れや脱税などの摘発に躍起になっているというのだ。富裕層にターゲットを絞っているというのは数年前からの事だったが、海外資産に目をつけているというのはここ1〜2年のことだった。
富裕層に強い税理士のもとにも、都内在住の富裕層からこんな相談が舞い込んできた。「先日、税務署から『米国に、数千万円の残高があるあなた名義の口座がありますよね。あの口座は一体何に使っていらっしゃるのでしょうか』との問い合わせが入ってきた。どのように対応すればいいのでしょうか」
この富裕層は、税務署から連絡があったことだけでも驚いたのだが、そんな口座の存在に覚えがなかったことから、ますます怖くなったという。確かに、以前米国で働いていたことはあるが、なんの口座なのかとっさには思い出せなかった。記憶をたどったところ、ようやくある口座の存在に気づいた。米国で働いていた際に作り、生活費用として時折使っていた口座だったのだ。ただ、ビジネスなどで頻繁に使っていたものと違ったためピンとこず、存在さえ忘れていたという。
相談を受けた税理士によれば、「国税は、18年からCRS(共通報告基準)に基づいて、海外の税務当局と口座情報について定期的に交換している。男性の口座についてもその網に引っかかり、残高が多かったので目をつけられたのではないか」と指摘する。この男性の場合、脱税の意図などなく、単純に必要な申請を行っていなかっただけだったのでおとがめなしで済んだというが、「そこまで詳細に見られているのか」と気持ち悪さを感じたという。
着々と進む課税強化
昨今、こうした「お尋ね」を受ける富裕層が急増している。この連載でも何度か触れたが、税務当局が富裕層を狙い撃ちにし「徴税強化」に乗り出しているからだ。CRSに基づく情報交換を始めとするさまざまな制度を導入、海外を含めた資産や資金の動きなどに目を光らせている。そうした動きは、21年12月に自民・公明両党がまとめた税制改正大綱にも表れている。「財産債務調書制度」が見直されることになったからだ。これは富裕層に資産状況の提出を求めるもの。富裕層の税逃れが巧妙になっていることから、より正確に資産状況の変化を把握しようと導入したものだ。
これまでは所得2000万円超の対象者に対して総資産が3億円以上あるか、有価証券などを1億円以上保有している場合に提出義務が課されていた。それを今回の大綱では、所得に関する要件をなくし、所得にかかわらず総資産が10億円以上であれば提出するよう義務づけるとしたのだ。
その背景には、富裕層が所得要件に引っかからないよう、さまざまなテクニックを駆使していたことがある。国税当局はそうした行為を潰し、徹底的に資産を把握して税金を取ろうと考えているわけだ。今回の税制改正では、岸田文雄首相が総裁選前に主張していた「金融所得課税」の増税こそ見送られたが、その陰で富裕層を狙い撃ちにした別の課税強化が進められていたというわけだ。
摘発された申告漏れ額は過去最高
冒頭で紹介した富裕層は、税務署に資産の状況について尋ねられただけで終わったが、実際に所得税の申告漏れを指摘され、過少申告加算税や延滞税を追徴課税された富裕層も増えている。都内でIT企業を創業、上場したことで資産が数十億円まで膨らんだ富裕層は、海外の資産について捕捉され、申告漏れを指摘された。
「確かにさまざまな節税対策は取っていたが、これまでの税務調査では全く指摘されなかったので安心していた。それが急に厳しくなった印象だ。税理士に相談して『大丈夫だろう』とのお墨付きをもらっていたのに……」と男性は苦しい表情を浮かべる。
このように、富裕層をターゲットにした税務調査は年々厳しさを増している。
国税庁が発表した「富裕層に対する税務調査の件数」と、「1件当たりの申告漏れ所得金額」の推移を見ると、税務調査の件数はほぼ右肩上がりで増え、CRSによる情報交換が導入された17年、18年はぐんと伸びている。さすがに新型コロナが流行、感染が拡大した19年、20年は減少しているものの、それでも調査は実施され続けていた。一方、1件当たりの申告漏れ所得金額は、データを取り始めた10年前の12年には1000万円に満たなかったにもかかわらずすごい勢いで伸び続け、20年は2259万円と過去最高を記録している。
「新型コロナの影響で調査に入りにくかったこともあり件数こそ減っているが、悪質かつ大きな案件に狙いを定めて調査に入っていたため申告漏れ所得金額は大きく伸びた」と、国税に詳しい別の税理士は指摘する。国税当局は、今後も富裕層を狙い撃ちにすることは間違いない。富裕層にとって22年はますます生きづらい年となりそうだ。