アフター・コロナ見据え、ボーダレスな売場へ【寝装・寝具特集】
イエナカ需要の高まりによって寝具マーケットには追い風が吹いているが、いずれ訪れるコロナ禍の収束は、「特需」の終了を意味しており、安穏とはしていられない。そうした中で、商品カテゴリーやブランドの壁を越えた“ボーダレス”な寝具売場づくりを進めている百貨店がある。松屋銀座本店は、眠りにまつわる商品をミックスして展示する売場「&(アンド) スリープ」でコンサルティングサービスを開始。日本橋三越本店は、既存の枠組みを超えた睡眠ソリューションの創出を目指し、ブレインスリープと共同のイベントを開催した。両店とも来るべきアフター・コロナを見据え、百貨店の強みを生かした独自性の高い魅力の創出に挑んでいる。
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松屋銀座本店、「& スリープ」好調 自主編集売場に支持
ブランドやカテゴリーの垣根を超えた売場をづくりを強力に推進しているのが、松屋銀座本店の寝具売場「&(アンド) スリープ」だ。19年8月の改装で、寝具やナイトウエア、雑貨など眠りに関する商品をミックスした売場を新設し、接客もブランドの壁を越えた案内を推奨。このコンセプトが好評を博し、改装以降は売上高が右肩上がりとなった。特にアプローチを強化した富裕層からの支持が熱く、イエナカ特需が一周した後の21年度(21年3月~22年2月)も好調が続いている。今年4月には予約制のコンサルティングサービスを始め、さらに接客力に磨きを掛ける。
同店の寝具売場は19年8月に、7階から6階へと移設し、眠りに関する総合売場「& スリープ」としてオープンした。コンセプトを「眠りにまつわるアイテムを、アイテムの垣根なく、お客様に寄り添うかたちでお薦めする」と定め、編集や接客にそれを落とし込んでいる。一般的に、寝具売場はパジャマや布団など商品カテゴリーごとに区分けされていることが多いが、同売場の自主編集ゾーンは、これらをミックスして展示。客が買い回りしやすい設計にした。
接客でも、「垣根を超えて客に寄り添う」を意識。取引先から派遣された販売員も含め、自分の担当以外の商品も紹介しあえるような関係性の構築に努めた。売場内の日頃のコミュニケーションや、定期的な勉強会に加え、取引先の営業を巻き込んだ取り組みも実施。商品説明会をしてもらったり、外商販売員の朝礼に一緒に参加して強化アイテムを紹介したりなどして、連帯感を強めている。
結果、人間関係は良好になり、「ワンチーム」で接客に当たっているという。「実際に、自分の担当以外の商品を紹介することも多い。この2年間でそうした環境をつくることができた」と営業第五部リビング・呉服・美術課兼営業四部子供・スポーツ・ウェルネス課バイヤーの加倉敬之氏は手応えを掴む。
コンセプトや売場環境が支持を集め、コロナ禍による休業などを挟みながらも、売上げは概ね好調に推移。21年度下期(21年9月~22年2月)は前年比で17%増、前々年比15%増となった。ナイトウエアを買いに来た客が枕を買ったり、その逆があったりと、買い回りも多く、単価や客数、売上げに寄与しているという。直近でも、今年2月が前年比で13%増(前々年比19%増)、3月が同179%増(同200%増)と、快走は止まらない。
「& スリープ」の成功は、ニーズの高いコンセプトを打ち出し、それが編集や接客に上手く落とし込んだことが主な要因だが、外商顧客の存在も大きい。改装を機に外商員や外商顧客へのアプローチを強化し、成果を上げている。
年に3回行う優待会の案内状へのチラシの封入を始め、売場の認知度を向上。外商員と寝具の販売員で、取引先の工場への見学にも行くようになり、商品への理解を深めた。さらに、前述の外商員の朝礼への参加も、その一環にあたる。月に1回ほど、取引先の営業と共に寝具売場の強化商品について説明することで、外商員と寝具売場の連携がスムーズになったという。
これらの施策にイエナカ需要が重なり、売上げが増加。「富裕層のお客様は一度気に入って購入されると、別荘用、ゲスト用など一回の購入に留まらず、再購入いただくことも多い」(加倉氏)ため、コロナ禍によるイエナカ需要が一巡した21年度以降も売上げに寄与している。
ブランドの壁を超えた接客を推進するため、さらに新サービスを始めた。4月1日に、「スリープアドバイザー」によるコンサルティング接客をスタート。ウェブで予約すると、1回60分でスリープアドバイザーが対応する。この資格は同社独自のもので、ロフテー枕工房の「ピローフィッタ―」、西川の「スリープアドバイザー」の2つを取得した販売員に認定される。料金は無料。現在は3名が資格を保持している。
これは、同店の靴売場が提供する「シューフィッター」のウェブ予約サービスをきっかけに企画した。シューフィッターによる接客は以前から行っていたが、昨年からウェブの予約システムをスタート。すると、予約を受け付けるとすぐに埋まるほどの人気となり、接客を受けた客の買上げ率も極めて高い数値を示す。専門知識の豊富な販売員が、時間を掛けて行う接客のニーズの高さが浮き彫りになった。
「寝具は特定のブランドありきではなく、『腰が痛い』、『寝つきがよくない』といった悩みを解決するために来る客が多いことからも、需要はあると踏んだ」(加倉氏)。既に販促策を十分に行っている外商顧客に加えて、売場に来る一般客の顧客化を強化したい狙いもある。まずは自社メディアでコンテンツを発信したり、SNSでPRしたりして、認知度の向上を狙う。
日本橋三越本店、「ブレインスリープ」と組んだイベントで購買体験の向上へ
松屋が「常設の売場」を起点としたのに対し、日本橋三越本店は「イベント」を通じて、既存の枠組みを超えた睡眠ソリューションの創出に乗り出している。今年3月に、ブレインスリープと共同で企画したイベント「GOOD SLEEP,GOOD LIFE~良質な睡眠がもたらす美と健康~」を開催。眠りの悩みを分析するウェブコンテンツ「スリーププランニング」によって眠りの状態や課題を可視化し、専門家によるコンサルティングを基に寝具やアロマ、食品、カーテンなど、幅広い商品から1人1人に合ったものを提案した。スリーププランニングの利用者が想定を超えるなど、盛況のうちに終了。今後も様々なコンテンツを用意し、トライアルを重ねる方針だ。
本館5階に構える同店の寝具売場は数年来、売場ならではの「体験」や「価値」を提供する環境づくりに努めてきた。エアウィーヴの3Dスキャナーによる体形測定機、シモンズの「寝姿勢計測システム」、ロフテーの「枕コンサルティング」などのサービスを順次導入。コロナ禍によって寝具への関心が高まってからは、高品質な商品に着目し、職人による実演販売などによって拡販を強化してきた。
こうした取り組みが奏功し、寝具売場の21年度(21年4月~22年3月)の売上げは前年比でプラス。健康敷寝具が堅調なほか、羽毛布団も約1.2倍に伸張した。
環境の整備やイベントの実施によって、高まるイエナカ需要の取り込みに成功したが、売場が提供する体験や価値をさらにパワーアップさせるべく、「ブランドや商品カテゴリーの枠を超えた睡眠ソリューションの創出」に着手した。睡眠を構成する要因は寝具だけではなく、ナイトウエアや香り、カーテンといった寝室の環境、生活習慣、食事など多岐に亘る。「特定のメーカー、ブランドの枠を超えた方がより良い提案ができると感じていた」と日本橋三越本店 家具・寝具タオルバイヤーの正井圭祐氏は経緯を説明する。
独自性の打ち出しも狙いにある。前述のサービスや販促策は主に取引先発信のものだったが、それのみでは他の百貨店や専門店との差異化が難しい。品揃えや編集力、接客力を生かした、同店だからこそできる購買体験、コンテンツの提供を目指す。
また、的確なコンサルティングのためには、データに裏打ちされた知見と、1人1人の客の仔細なデータの把握が欠かせない。こうした課題を解決する取り組みの第一弾として、ブレインスリープと協業し、「GOOD SLEEP,GOOD LIFE~良質な睡眠がもたらす美と健康~」を3月9日から15日まで開催した。
同イベントはまず、ブレインスリープが提供するウェブコンテンツ「スリーププランニング」を活用する。身長や体重、睡眠に関する悩みや生活習慣を入力すると、現在の睡眠に関するデータが算出される。さらに、「寝具」、「目覚まし」、「アイマスク」など、改善にお薦めの商品カテゴリーがレコメンドされる。
結果をもとに、ブレインスリープの睡眠の専門家「スリーププランナー」が睡眠の知識や客の課題をレクチャーし、ライフスタイルを提案。売場にはレコメンドにあるカテゴリーの商品を用意し、スリーププランニングの結果に応じて紹介する。無論、商品は特定のメーカーやブランドに偏らず、幅広くセレクトした。ブレインスリープは最先端の睡眠研究を基にしたプロダクトの開発や、コンサルティングがある睡眠情報の発信などを得意としており、そのノウハウと三越伊勢丹のマーチャンダイジングを組み合わせた格好だ。
会期中は、多くの人がスリーププランニングを利用し、利用者数は設定していた目標を上回った。最初からこのイベントを目的で来る客だけでなく、フリー客がスリーププランニングに答える中で、「実はこんな悩みがあって」と打ち明ける事例もあり、潜在的な需要の掘り起こしにも成功した。
商品の購入に繋がるケースも多くみられた。「自身の睡眠の状態が可視化されるため、商品を薦める説得力が違う。お客様も納得して買われていた」(正井氏)。会期中に買う客もいれば、後日改めて買いに来る客もおり、こうしたコンサルティングサービスのポテンシャルを感じたという。
今後は様々な企業とアライアンスを組み、こうしたコンテンツを増やしていきたいと考えている。「今回のイベントで購入に至らなかったお客様も、別のコンテンツなら響く可能性もある。これから先も店舗や売場が成長していくためには何が必要なのか、挑戦や検証を重ねていく必要がある」と正井氏は語る。まずは様々な可能性を探り、同店ならではの睡眠ソリューションの実現へと歩みを進める。
松屋銀座本店は売場、日本橋三越本店は催事と、形態こそ違うものの、どちらも品揃えの豊富さや編集力、接客力、企画力を生かし、他業種や他店にはないサービスを提供しようとしているのがわかる。元々コロナ禍以前から、百貨店もモノを並べるだけではない「コト」や「トキ」といったコンテンツが求められるようになっていた。アフター・コロナになればインバウンドや、遠方からの客といったプラスの要素も期待できる。現在は集客には苦戦しがちではあるが、だからこそ、思い切った“次の手”を打ち、環境の整備に力を注ぐ時期なのではないだろうか。