【連載】富裕層ビジネスの世界 「経済安保法案」で勃発した経産省 vs. 財務省の利権争い
岸田政権の目玉政策として先の国会で成立した経済安保法。その成立過程で霞が関官僚の利権争いが勃発していた。
岸田文雄首相が目玉政策として位置付けていた「経済安全保障推進法案」(経済安保法案)が、先の国会で成立した。狙いは、国が経済活動を監視しながら物資の安定供給を図り技術流出を防ぐこと。中でも中国やロシアとの取引が念頭にある。
法案は(1)重要物資のサプライチェーン(供給網)強化、(2)サイバー攻撃に備えた基幹インフラへの事前審査、(3)先端技術の官民協力、(4)軍事転用可能な技術の特許非公開という4本柱からなっている。
このうち、(1)の重要物資とは、半導体や医薬品などを想定。また(2)の基幹インフラについては、鉄道や電力、金融、情報通信など14業種が対象とされ、安全保障上、脅威となる国の製品や設備が使われていないか、政府が導入時に事前審査を行うとしている。だが、いずれも具体的には法案成立後、政令や省令で定めることになっており、野党からはその範囲次第では経済活動を制約するのではないかとの懸念も出ている。
とはいえ米中の対立が激しさを増すほか、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発するなど、世界情勢が混沌としている中で、重要な法案であることは間違いない。にもかかわらず、法案がまとまるまでの過程を追うと、首をかしげざるを得ない状況が見えてくる。
藤井氏更迭の裏に財務省の影
国家安全保障局は、経済産業省出身で経済安全保障推進法案の準備室長を務めていた藤井敏彦・国家安全保障局担当内閣審議官を更迭した。きっかけは週刊誌の報道。藤井氏が兼業届を出さずに私企業で働き報酬を得ていた疑いがあるというものだった。
だが、それだけではなかった。記事では、藤井氏が朝日新聞の記者と不倫関係にあったとも記されていた。法案をめぐる報道で、朝日新聞だけが「事業者の罰則規定もある」とスクープしていたこともあり、「不倫相手に法案の情報を漏らしたのではないか」との疑いがかけられたわけだ。
しかし、このタイミングでの週刊誌報道に、永田町、霞が関界隈ではある観測が駆け巡った。それは「財務省が経済安保利権を経済産業省から奪おうとしているのではないか」というものだ。
岸田政権での目玉法案と呼ばれる経済安全保障推進法案だが、実は岸田首相が言い出した政策ではない。そもそもは、経産相や経済再生担当相などを歴任した「商工族のドン」と呼ばれる甘利明氏による発案だった。
甘利氏は安倍政権時代、アメリカの国家経済会議にならって、経済安保政策を立案する組織を立ち上げるよう安倍晋三首相に提言。それを受けて、警察庁で外事畑を歩み、内閣情報調査室のトップを7年以上も務めた北村滋氏が、国家安全保障局の中に新たに「経済班」を設置し、藤井氏がその初代班長に就いたという経緯がある。
つまり経済安保法案は、「安倍・甘利ライン」の中で生まれ、経産省と警察庁の官僚によって作り込まれたというわけだ。
財務省としてはこうした流れを快く思っていなかった。というのも経済安保はそもそも財務省マターの話。にもかかわらず、経産省と警察庁主導で進められたことで、彼らに経済安保利権を完全に握られてしまったからだ。
それだけではない。そもそも財務省の“経産省憎し”はすでにピークに達していた。というのも、小泉政権から安倍政権、そして菅政権に至るまで、長きにわたって経産省出身者が重用されていたからだ。経産省出身者が官邸を牛耳っていたことを財務省は面白く思っていなかったのである。そのため「官邸奪還を虎視眈々と狙っていた財務省が、ここぞとばかりに攻めに出た」(ある官僚)との見方が根強い。
事実、藤井氏の後任には財務省出身の泉恒有内閣審議官をあてる方向で検討されているという。また、藤井氏が以前務めていた国家安全保障局経済班の班長に関しても、藤井氏の後任は財務省国際局出身の高村泰夫内閣審議官だ。藤井氏の後任に次々と財務官僚が就いており、財務省が着々と重要ポストの奪還を進めていることがわかる。
「岸田首相は経産省よりも財務省にシンパシーがある。現に岸田政権の安全保障担当の内閣総理大臣補佐官は、木原誠二内閣官房副長官、寺田稔衆議院議員といずれも財務省出身者。そのため、岸田政権誕生をチャンスと捉え、財務省が一気に攻勢をかけたのではないか……」。霞が関では、そうした見方がもっぱらなのだ。
パワーゲームの理由は天下り先の確保
このように霞が関のパワーゲームに使われてきた経済安保法案。しかし、なぜ官僚たちは経済安保法案を巡るパワーゲームにここまで血道を上げるのか。最大の理由は、天下り先の確保にある。
事情に詳しい関係者によれば、大手電機メーカーが設置した経済安保関連の部署には経産省OBが次々に天下っているという。また警察庁も昨年、公安部に経済安保に関するプロジェクトチームを作り、半導体などを扱う企業に対して、スパイ活動の手口などの情報を提供する“コンサルティング”を行うなど、警察OBを送り込むことを検討しているという。
「近年の天下り批判を受けて、霞が関の官僚たちはOBの天下り策の確保に頭を抱えている。経済安保利権を握れば、それも一気に解決することができる。そのため、経産省と警察庁が握っている利権を財務省が奪還しようとしているのだ」と前述の関係者は解説する。
確かに経済安保法案は、国の政策上、極めて重要な法案であることは間違いない。また、運用次第では一部の経済活動を止めかねない危険性もはらむもので、官僚たちの政争の具にしていいものではない。そんなことになれば、最も被害を被るのは企業であり、国民である。