「ウィズ・コロナ」の時代は、お客様と従業員の安全・安心が第一 三越伊勢丹
《連載》「ウィズ・コロナ」に求められる安全・安心な買い物環境を提供する百貨店 第1回 三越伊勢丹
「ウィズ・コロナ」の時代に、どう安全・安心な買い物環境を提供できるか――。全館営業を再開した百貨店業界の各社は、配慮や工夫に余念がない。消毒、検温、マスクやフェイスシールドの着用、ソーシャルディスタンスの確保など手法は多岐に亘るが、根幹には〝おもてなし〟がある。百貨店業界は常に安全・安心を追求し、おもてなしに昇華させ、信頼を育んできた。そして、最良のおもてなしは時代によって形を変え、ウィズ・コロナの時代にも適合していく。百貨店で買い物を楽しむ人々に、〝百貨店流のウィズ・コロナ〟を発信する。第1回は、三越伊勢丹だ。新型コロナウイルスの感染防止策の草案を手掛けた、藤田研人総務人事グループ業務部部長に尋ねた。
■言葉だけでなく、行動で徹底する
――新型コロナウイルスの感染拡大が本格化して以降、どう対策を講じていきましたか。
「当社では総務人事グループを中心に新型コロナウイルスへの対策をまとめていますが、5月26日に発表した感染拡大防止対策の草案は、店舗の様々なオペレーションを策定する業務部で作成しました。草案を作成する上で、ポリシーに据えたのは『お客様、従業員の安全・安心が第一』です。言葉だけでなく、行動で徹底すると決めました」
編集部注)三越伊勢丹の感染拡大防止対策の詳細は、こちらを参照
「お客様第一は当たり前ですが、従業員に対しても、首都圏に構える6店舗(伊勢丹新宿本店、三越日本橋本店、三越銀座店、恵比寿三越、伊勢丹立川店、伊勢丹浦和店)で3月28日~29日の営業時間を短縮して時差出勤を可能にしたり、(子供を抱える従業員に配慮して)次の土日にあたる4月4日と5日を休業したりしました」
「さらに、緊急事態宣言の発令を受けて4月8日から5月29日まで臨時休業しました。社内からは『地域のライフラインとして食品売場だけは開くべき』という声も届き、様々な可能性を検討しましたが、首都圏の店舗が取り扱う食品は〝必需〟ではないと考えました。スーパーマーケットとは品揃えが異なります。取引先の社員を含めた全ての従業員の安全・安心を第一に考え、全館を閉じました」
――思い切った全館休業は、東京都が外出の自粛を要請した3月28日と29日に営業し、SNSなどで批判された反動ではないかという穿った見方もあります。
「突然の要請で、お客様への影響や取引先との協議も含めて準備が間に合わなかったのが理由です。SNSなどの声に影響され、全館の休業を決めたわけではありません。実際、営業を再開した5月30日以降、マスクを着用しない方の入店は原則として断っており、様々な声を頂いているのは事実ですが、お客様と従業員の安全・安心を第一に、順守しています」
――話を感染拡大防止対策に戻しますが、草案はどう固めていったのですか。
「先行する国内外の企業の取り組みをインターネットなどで調べながら、食品売場のみ営業する百貨店、当社より先に全館営業を再開した百貨店も参考にしました。当社は海外にも店舗を構えており、その対策も役立ちました。草案は4月下旬に完成し、それを叩き台に経営陣が方向性を決定。端的に表すと『(感染の拡大を防ぐために)できることは徹底的に全てやろう』という内容でした」
「ただ、どんな取り組みを、どこですべきか、組織で役割分担は必要です。総務人事グループと各店で話し合い、用意と実施は店舗を中心に、店舗で手配が難しい物資、一括で発注した方がコストを下げられる物資などは総務人事グループと各店で振り分けました。店舗で手配が難しい物資、一括で発注した方がコストを下げられる物資とは、マスクや消毒液、体温計、赤外線サーモグラフィーカメラなどです」
「三越伊勢丹ホールディングスの管財部や三越伊勢丹の法人事業部にも助力を得ました。既存のネットワークを使ったり、新規のネットワークを開拓したりして、必要な物資を調達してくれました」
■従業員向けの更衣室や休憩室を拡充
――5月26日に発表した「新型コロナウイルス感染拡大防止対策」は、キメ細かい印象です。主に「お客様へのお願い」、「店内対策」、「従業員対策」からなり、店舗の入口での19台の赤外線サーモグラフィーカメラと150台の非接触型体温計による体温の測定、入口および出口の限定、カートや買い物カゴ、什器、試着室などの消毒、飲食店や休憩所などでのソーシャルディスタンスの確保、売場への飛沫防止シートの設置、従業員のマスクやフェイスシールドの着用などを明示しました。中でも、重視した対策はありますか。
「お客様向けでは、マスクの着用です。必ず着用し、入店して頂くようにお願いしました。従業員向けでは、食品や受付など一部の売場を除いて私服での販売を許可しました。臨時休業中に実施したアンケートで、更衣室の利用に関する不安が多かったからです。三越銀座店では、バンケットルームを従業員用の更衣室に転換しました。伊勢丹新宿本店は、手洗い用のシンクを増設しています。他にも、外出を避けたい従業員向けに弁当を販売したり、3密を防ぐために会議室を潰して休憩室を増やしたり、店頭だけでなくバックヤードの安心・安全も徹底しました」
――コロナ禍は収束までに、なお時間を要するとみられています。リアル店舗には、引き続き安全・安心な買い物環境が求められます。そのポイントは、何でしょうか。
「奇をてらわない、ブレない。それに尽きます。都道府県をまたぐ移動が6月19日に解禁され、伊勢丹新宿本店には遠方からのお客様が増えています。中にはマスクを着用しない方もいますが、入店をお断りしています。お客様第一主義でルールを曲げると、信用を損ないかねません。感染者の少ない地域の店舗からは緩和を請う声も届いていますが、覚悟を決めて遂行します。店舗でのクリアランスセールも一斉スタートは止め、売場やブランドごとに五月雨式に始まり、お客様の数も増えていきますが、MD統括部長の椎野からは『もう1度、気を引き締めて乗り切ろう』というメッセージをもらいました。お客様から『やり過ぎ』と言われても、緩めずに改めて徹底していきます」
――百貨店は、取引先から派遣された販売員に支えられています。ルールの徹底には、その協力も不可欠です。
「(取引先から派遣された販売員は)当社では数万人にのぼります。情報を正しく、素早く伝えるため、専用のウェブサイトを開きました。最低でも1週間に2回は情報を更新しています。恵比寿三越や伊勢丹浦和店で感染者が出た時も、隠さず伝えました。数万人もいれば、情報の伝達は難しくなりますが、より分かりやすい発信を心掛け、緊急時専用のウェブサイトの閲覧を風土化させたいと考えています」
「もちろん、三越伊勢丹の社員にも正しい情報をタイムリーに届けなければなりません。経営陣は営業再開まで月曜日~金曜日の5日間、以降も月曜日と金曜日にコロナ対策会議を実施してきました。6月22日時点で、計45回を数えます。情報の伝達は以前から課題と捉えていましたが、臨時休業の期間を前向きな転換点と位置付け、グループチャットの『チームズ』や『ヤマー』を活用するなどで体制を整備しました」
■安心・安全対策費用に10億円~15億円
――2020年3月期決算では、コロナ禍における安心・安全対策費用を10億円~15億円と算出しました。
「安全・安心対策の徹底が大前提で、コストについては当然と考えていますが、全従業員が工夫すれば、コストは下げられます。例えば店舗の消毒を専門の業者に依頼すれば、もっともっと嵩むでしょうが、従来の掃除にひと手間(=消毒)を加えれば、自分達でも可能です。店舗によっては、社員が部材を購入して飛沫防止シートを作製し、設置しました。自発的な工夫が大切です」
「一方で、政府がコロナ対策を次のタームへ進めれば、当社も感染拡大防止対策を見直します。止めるべきは止め、続けるべきは続ける。当たり前ですね。従業員の対策は最後まで残しますが、お客様の不便はできるだけ早く解消します。事前の準備や告知は欠かさず、お客様や従業員に情報を届けていきます」
――最後に振り返って、苦労したエピソードはありますか。
「マスクや検温のオペレーションは、かなり細かくマニュアル化したのですが、どうマスクを行き渡らせるか、30に近い入口がある店舗で検温をどう徹底するか、頭を悩ませました。また、いつ緊急事態宣言が解除されるか分からないと、営業の再開日も定まりませんが、応援の配置やオペレーションの役割分担などは事前に決めておく必要があります。各店から『どうなっているのか』という声が相次いだのは、困りました。とはいえ、ゴールがないと走れないですからね」
「逆に、前代未聞の状況で経営陣からも「(感染拡大防止対策の義務化を)全員には徹底できないのではないか」という声が多く上がる中、現場から『徹底すべき』という声が寄せられたのは、心強かったです」
(聞き手・野間智朗)