“旬、体験、共創力”で独自性 「デパ地下」の魅力化の鍵
多くの百貨店にとって「食」領域は、わざわざ来店してもらえるリアル店舗の魅力化に欠かせないカテゴリーに違いない。ただ他の大型商業施設も食領域を強化しており、「デパ地下」に匹敵するショップが展開され、新業態も続々と登場している。引き続き「デパ地下」並びに「百貨店ならではの食提案」の進化に向け、モノ・コト・ヒトによる新しい価値提供が不可欠であり、これらの継続性が肝要だ。そのためには、品揃えの「旬・鮮度」、イベントやその場で食べられる場など「体験価値」の提供、そしてこれらを具現化する取引先との協業、いわば「共創力」が問われよう。
取引先との協業 肝要 自主編集にも開拓余地
魅力的な「デパ地下」を進化させていくための基盤は、やはりMD(品揃え)であろう。美味しさと安全・安心をベースに、「旬・鮮度」、素材や製法への「こだわり」、今だけ・ここだけの「希少性」や「出来立て」がキーワードとして挙げられる。これらを実現していくためには、ショップ・ブランドを開発・運営している取引先に頼らざるを得ないが、ただ百貨店も自店の顧客ニーズに応じた商品開発を含めた品揃え、売り方、見せ方といった売り切るための提案力が欠かせず、これが特徴化につながる。
改装を機に、より特徴的なMDに磨き上げたのが、小田急百貨店新宿店のハルク地下2階「ハルクフード」であろう。昨年10月22日に改装オープンし、「LIVE(ライブ)=豊かに生きる 暮らす」をコンセプトに、働く人のオフタイムの充実に着目して、健やかな生活を送るためのフードエンターテインメントを提供する独自の食の空間の創造に挑んだ。
単なるショップの新規導入や改装に止まらず、取引先と協業してハルクフード限定の新コンセプトショップや限定品の開発に取り組み、既存店のリファインではリ・ブランディング、品揃えや売り方、環境面の見直しまで踏み込み、MDの多様性と特徴化を具現化した。ハルクオリジナルショップなど新規に6店舗を導入し、既存の5店舗をリファインした。
ハルクオリジナルは「チーズと日々と」と「白椛(はっか)豆腐店」。共に大阪・高槻で人気のカフェを運営している企業が開発した新業態だ。前者はチーズの風味が楽しめるチーズワッフル専門店で、後者は豆腐や豆乳、和素材を使用したヘルシーな豆腐デリとスイーツの専門店で、「今までなら理屈として認められなかった女性の可愛いやきれいといった“感覚”に共感して購買が起きる」(MD推進部食品担当シニアマーチャンダイザー岡部葵氏)という感覚を具現化した。
百貨店初出店は、ベーカリーやスイーツ、フレンチデリを揃える「MAISON ICHI(メゾン・イチ)」、赤身肉を中心に揃える「MEAT MEET ME(ミート・ミート・ミー)」、日本三大地鶏や銘柄鶏を中心に展開する「東京鶏肉本舗」。このうち両精肉店は既存の取引先で、小田急百貨店と協業して新業態として開発し、美と健康、ヘルシーを切り口に半調理品や加工品も充実させた。
2月には、19日に「高級食パン専門店 嵜本」を導入し、26日にはスムージーとジェラート、サラダ、洋惣菜を提供する「シンビ」がオープンする。共に百貨店に初出店で、「シンビ」も取引先と意見交換して実現した。
一方、独自性では百貨店の自主編集ゾーンの魅力化も不可欠だ。髙島屋の「銘菓百選」、「味百選」、三越の「菓遊庵」、そごう・西武の「卯花墻(うのはながき)」など、全国の銘菓や名産品を集めた編集売場は既に各「デパ地下」の名物コーナーと化しているが、まだまだ百貨店の編集力を生かした売場開発の余地がある。
昨年春にグランドオープンした日本橋髙島屋S.C.では、既存の本館(百貨店)の改装も手掛けたが、アイテム編集平場を拡充した。食品フロアの改装では、和洋菓子担当者が「かつてないギフトに特化」して揃えた洋菓子のセレクトショップ「ザ ベストチョイス」を新設。手土産やちょっとしたプチギフト向けに老舗からトレンドまで厳選した「東京」に店を構える約20ブランドから人気の洋菓子を取り揃えた。
次いで昨年3月には生鮮・グロサリーゾーンに、「安全・安心」、「健康」、「おいしい」にこだわり厳選した食品を集めた自主編集ショップ「髙島屋ファーム」を新設した。産地や製造現場に出向いて、栽培・製造方法などを同社の自主基準に基づいて確認し、農薬を控えた野菜や米、伝統製法で丁寧に作られた調味料など、安全・安心で健康をサポートする食材を揃える。売上高は予算比で1.5倍超。想定以上で、それだけ関心が高い証しであろう。
こうした自主編集売場も取引先との協業が欠かせない。いずれにしても取引先と共に「デパ地下」を進化させていく「共創力」が求められよう。
重要度増す「過ごす場」 現場起点で継続的改善
「デパ地下」にとってわざわざ足を運んでもらうためには「体験価値の提供」が不可欠。体験価値とは、魅力ある体験型イベントと、その場で飲食できる場の提供が肝であろう。
昨年3月に段階的大規模改装が完成して「近隣住民への利便性・専門性」と「来街者へのクオリティ・オブ・ライフ」の提案力をさらに強めた「新・くらしの館」に生まれ変わった三越恵比寿店は、昨春、地下2階「フードガーデン」も全面刷新した。恵比寿で楽しむ「at YEBISU(アット恵比寿)」と、家でも楽しめる「at HOME(アットホーム)」をテーマに、フロアを二つに大別してゾーニングした。
「at YEBISU」はイートイン併設の店舗や総菜、菓子などで構成する。このほぼ中央に、大小のテーブルを配して約70席を有する「コミュニケーションテーブル」を新設した。「恵比寿で過ごす豊かな時間を提供する」ゾーンだ。
ここは近隣のオフィスワーカーのランチ時など、飲食に利用するケースが中心だが、中央に配した大テーブルでは菓子教室やチーズの食べ方教室など、子供や大人向けの体験型イベントスペースにも活用している。いわば「学べる場」でもある。不定期の開催だが、いずれも好評だ。イベントは売場内の取引先との協業企画も多く、新規に導入した店舗の認知度向上につながる。「新・くらしの館」ならではの食の価値を提供するキーゾーンのひとつだ。
東武百貨店池袋本店は、20年度までの中期経営計画の営業戦略の柱のひとつである「食の東武の復権」に向けて、16年から地下1階と地下2階の食品売場の段階的改装に取り組み、昨年秋までで一旦完成したが、今年も引き続き部分的な改装を手掛けている。
特に昨秋以降は、南側エリア(8~11番地)の新食品館「eatobu(イートーブ)」内に、購入した弁当などを食べることができる休憩スペースの新設や席の増設、専用レジの増設、既存ショップのイートインスペース増設などを行い、ゆったりと過ごせる環境整備を進めてきた。さらに今年1月からは地下1階「ハナサンテラス」に近接してコンシェルジュが常駐する案内所を設けた。
これらの再編は「お客様の声、お客様の気持ちに寄り添った対応」を具現化したものだ。基本的な手法だが、愚直かつ迅速に具現化できるかが肝だ。そのためには、食品部のスタッフができる限り現場に立つことが必要になる。この一環として、顧客への売場案内では目的地を教えるだけでなく、一緒に目的地まで同行するように変えた。顧客と会話ができ、ニーズを聞き出せる好機になるからだ。
「デパ地下」の使い勝手を良くするためには、こうした環境整備が欠かせない。ただ、改善の継続が肝要であり、そのためには現場のマーケティングと顧客の声の収集が鍵を握る。
そごう・西武の食品構造改革
サプライズと鮮度で 毎週末に「産直市」 クリスマスに“福袋”
昨秋から本部主導で食品の構造改革に取り組んでいるのがそごう・西武だ。首都圏主要店の食品フロアでは、鮮魚や青果売場で週末に産地直送市が開催されるようになり、昨年12月のクリスマス商戦では全店の惣菜や菓子、生鮮売場でお得な食品福袋「クリスマス ラッキーバッグ」を初めて提案した。いずれも活性化に繋がっている。
昨年9月1日付の組織改正で、食品領域に新たな取引先開拓及びMD開拓を促す目的で、MD本部に「食品構造改革室」を新設した。商品部の「フード&ライフスタイル担当」から組織分割された「フード担当」を食品の構造改革に向けて指導強化する役割も担う。
橋本茂宏室長は「品揃えと売上げ、利益のバランスがとれたベストミックスの着地点を探りながら、グルメなお客様の食生活の十分なお手伝いができるような新しい価値を常に提供していく必要がある」。これが食品構造改革室の考え方だ。
同室主導で昨年11月から池袋本店、横浜店、千葉店などの鮮魚や青果売場を皮切りに本格的に始めた「生鮮産地直送市」は、毎週金曜日と土曜日の2日間(店舗によっては1日)、漁港や産地から直送されてくる食材を販売する。全く新しい売り方ではないものの、始めた理由は「鮮度やサプライズ感にこだわった品揃えが、他とは一線を画す百貨店らしい生鮮売場」(橋本室長)だからである。
売り切るための百貨店サイドのバックアップ態勢も肝要だ。単に取引先に任せた品揃えでは継続が難しくなる。そのため百貨店が大漁旗、法被、POPなどを用意し、産地直送市をクローズアップした演出や訴求に努め、見せ方や並べ方などでも取引先と協業して顧客に伝わりやすいように工夫を凝らした。
こうした協業作業で忘れてはならないのが、「私どもの現場責任者の意識」(MD本部商品部フード担当部長岡田博之氏)だ。「なぜ産地直送市に取り組むのか主旨を理解して、取引先と共に、名物の一つに育つまで、PDCA(仮説と検証)を愚直に繰り返していく」という意識改革と実行力が欠かせない。産地直送市は好実績につながり、取引先を含め現場スタッフの意識も高まってきたようだ。
昨年12月6日から25日まで主要店で展開した「クリスマス ラッキーバッグ」は、自宅で手軽に楽しむための食材、ホームパーティー向け、時短メニューなどのシーンを想定して、惣菜、菓子、生鮮三品、ワインやシャンパンなど、お得なセットや限定品を各々売場で取り揃えた。
もちろんポスターやポップなど販促ツールも作成し、各店各フロアのプロモーションスペースを活用して訴求に努めた。「現場を中心に様々な工夫や知恵が出た結果、購買動機にもなり売上げも想定以上で、プロパーの活性化につながった」(岡田部長)ようだ。
ラッキーバッグも、生鮮産地直送市も、そごう・西武の「デパ地下」ならではの新たな価値を発信するメッセージであり、食品構造改革の第一歩だ。上々の立ち上がりをみせ、今後の構造改革に弾みがついている。20年度から横浜店、池袋本店、千葉店の改装に順次取り組み、新たな「デパ地下」へと進化させる。