三陽商会、ブランド横断プロジェクトで先進的な機能素材を導入
三陽商会は全社横断プロジェクト「商品開発委員会」を通じて、先進的な機能素材を用いた商品開発に取り組んでいる。1つのブランドでは生産数の面で難しかったが、複数のブランドで導入することで問題を解消。今秋冬に第1弾として、「光電子」、「パーテックス シールドエア」(以下、パーテックス)を用いたアウターを発売した。機能性とデザイン性の高さから好評を博し、同社の売上げランキングで上位に入るなど、早速ヒットを飛ばしている。
商品開発委員会は昨年5月に発足。「技術力・開発力を結集した商品開発」、「自社2工場の強みを最大限に活かした商品開発」、「先進的な機能素材をブランド横断により用いた商品開発」の3つを軸に、商品開発に取り組んできた。光電子やパーテックスの商品は、この3つ目にあたる。
先進的な機能素材をテーマに設定したのは、従来のブランドごとの企画開発では実現が難しかったためだ。委員長を務める取締役兼専務執行役員の加藤郁郎氏は、「スポーツウエアなど高機能の素材は、ロット数が多くないと製造を請けてもらえない。価格も高い。私も長年企画に携わってきた中で、断念したことは多かった」と語る。
複数ブランドによる商品開発は新しい挑戦であり、困難も多かったが、今秋冬の発売へとこぎ着けた。それは「やはり三陽商会は、ものづくりが好きな人が集まっているから」(加藤氏)だ。同社はミドルアッパー層を対象とした、上質な商品を提供するブランドビジネスを得意としており、社員も「良いものをつくる」ことが好きな人が多く集まっていた。
しかし2019年以前はファストファッションの流行などもあり、他社との価格競争へと意識が向いていた。若年層向けの商品展開や、カジュアルで値頃な商品など、「他社が成功している分野で新しい事業を起こすべき」という風潮もあった。
だが、20年春に大江伸治社長が就任して新体制となった際に、元来の強みを生かす成長戦略を策定。他社との競争ではなく、自分達のブランド力を磨き上げることに注力した。社内も自然と「お客様が望む良いものをつくる」マインドに切り替わっていったという。
現在は皆で情報共有しながら議論を交わすことで、競争や新しい発見、刺激が生まれている。企画担当だけでなく、デザイナーやパターンナーがブランドを超えて協力することもある。「本当に、想像以上にいい結果が社員の間に生まれてきた」と加藤氏は振り返る。
こうして生まれた新商品は、光電子素材が8ブランド20型、パーテックス素材が4ブランド4型を揃える。光電子素材の商品は中わたコート、ダウンコート、フリースジャケットなどで、価格帯は2万5300~16万5000円。光電子は人の肌から出された遠赤外線を吸収し、効率よく身体に戻す「輻射」を繰り返す。これによって暑すぎず寒すぎない、自然な暖かさが持続する。
パーテックス素材の商品はコートやブルゾンなどで、価格帯が11万~15万4000円となる。同素材はアウトドア製品を中心に使われており、通気性と軽さが特徴。ミクロ単位の穴を持った特殊多層構造が湿気や熱気をダイレクトに排出し、従来の透湿素材にはない通気性を発揮する。着心地はしなやかで軽く、動き続けてもほとんど蒸れない。
9月以降順次発売しており、売れ行きは好調。9月に発売した、光電子中わたを使った「エポカ」のブルゾン(7万9000円)は、同社の全商品を対象とする9月のランキングでベスト10にランクイン。同じく9月に発売した、パーテックスを使った「マッキントッシュ ロンドン」メンズのショートコート(12万9800円)も発売後すぐに週間ランキングで1位を取り、10月のランキングでベスト10に入った。
どちらも決して安い価格ではなく、9月はコートを買うには少し早い。しかし光電子やパーテックスの機能を客に伝え、試着してもらうと、その品質に納得して購入する人が多かった。
ヒットの要因には、機能性とファッション性の両立がある。「これらのアイテムは軽くて着心地がよく、機能性が高い。しかしデザイン性がありシティやタウンユースで、スタイリングも楽しめる。そのような商品は市場に少なかったのではないか」と加藤氏は指摘する。11月に入っても継続して売れており、一部では欠品になっている。
動画も制作。宣伝販促や広報部門も委員会に参加しており、全社一丸となって訴求していく
商品開発委員会には宣伝販促や広報部門も参加しており、広告宣伝も戦略的に行っている。オウンドメディア「サンヨー・スタイル・マガジン」に特集を掲載したり、パーテックスの機能を説明する動画を制作して店頭で流したりなど、様々なタッチポイントで強く訴求する。
さらに横串で行うことの利点について、加藤氏は「多数の店頭に同じ機能の商品が並び、各店でお客様に発信・説明することで認知度も一気に上がる。1つのブランドで小規模でやるのとは、反応の大きさとスピード感が違う」と述べる。様々なメリットを生み出す商品開発委員会は、“良いものをつくる”原点に立ち返った三陽商会の、強力な追い風になりそうだ。
(都築いづみ)