大丸松坂屋百貨店、オウンドメディアで次世代富裕層呼び込む
次世代富裕層はオウンドメディアで取り込む――。百貨店業界の各社が外商を軸に次世代富裕層に照準を合わせる中、大丸松坂屋百貨店は自社で運営するウェブサイト「J PRIME(ジェイ プライム)」で次世代富裕層に“刺さる”情報を発信。過去に雑誌「MEN’s CLUB(メンズクラブ)」の編集長を務め、次世代富裕層が関心を寄せる時計や車、ゴルフ、グルメなどに精通する戸賀敬城編集長の影響力も効き、読者や記事を介した売上げがじわり増えてきた。
J PRIMEは2018年11月に誕生した。大丸松坂屋百貨店は14年に外商顧客専用のウェブサイト「connaissligne(コネスリーニュ)」を開いたが、クローズド型ゆえに利用者は伸び悩み、富裕層の潜在顧客を開拓するためには、接点を担うオウンドメディアが必要と判断した。
当初のJ PRIMEは不動産や金融、健康、長寿などの情報をメインに掲載。内容は読者の変化や反応を踏まえて改め、メールアドレスや性別、地域を入力すると無料で登録できる会員限定のコンテンツやイベントも用意。2021年度(21年3月~22年2月)内には会員が目標の5000人に達した。
しかし、永井滋営業本部営業企画部販売促進・インバウンド担当部長は違和感を覚える。「会員が右肩上がりで伸びるとも、会員が組織顧客や外商顧客になるとも想像できなかった。コロナ禍では関心が不動産や金融などからライフスタイルに移り、次世代富裕層にはアートや時計の情報が必要ではないか。次世代富裕層の味方になれる、その人達の視点に立ったコンテンツを、大丸や松坂屋の店舗では扱っていないモノも含めて提供していかなければならない」と結論。21年9月、戸賀氏を編集長に迎えてJ PRIMEを刷新した。
戸賀氏に白羽の矢を立てた背景には、緻密な分析がある。「30代~50代前半の富裕層をメインターゲットに据え、調査会社から情報を得て特性を分析した。『時間を金で買う』、『資産性を大事にする』、『情報過多な中で自分に合う情報を求める』といったキーワードが抽出され、そうした人々の憧れの1人が戸賀氏だった。戸賀氏はラグジュアリーブランドから信頼されており、コンテンツの幅を広げられるのではないかという狙いもあった」と、永井氏は明かす。
新体制は戸賀氏、ディレクター、大丸松坂屋百貨店の2人の社員で構成。ディレクターの下に車や時計などの専門家がライターとして連なり、1日1本、1カ月で30本の記事を掲載する。記事の内容は1週間に1回、1時間のミーティングで決定。1時間のうち30分は進捗を確認し、30分は世の中でホットな話題や大丸松坂屋百貨店の店舗での興味深い動きなどを共有する。
記事を掲載するタイミングは、次世代富裕層の行動も反映。次世代富裕層は先々までスケジュールが決まりがちで、例えばイベントを告知する記事は2カ月前には大枠を固め、遅くとも1カ月前には掲載する。「『ロレックス』の新商品が出ると分かれば、真っ先に、かつJ PRIMEらしく、戸賀氏の目線を入れて発信する」(永井氏)。速報性と独自性を兼ね備えた記事で、次世代富裕層の購買意欲を喚起する狙いだ。
実際、効果はてき面だった。以前は掲載許可が下りなかったブランドが協力してくれるようになり、戸賀氏のSNSからJ PRIMEに辿り着く人も多い。戸賀氏は「J PRIME編集長」の肩書きで様々なイベントに出ており、ブランディングへの貢献も大きい。
何より、売上げに直結する。時計売場をリニューアルした松坂屋名古屋店で今年8月7日に戸賀氏のトークショーやパーソナル接客イベントを開くと、遠方からわざわざ買いに来た人がいた。また、大丸東京店に同9月14日にオープンした「AOURE(アウール)」で同17日に戸賀氏がスタイリングアドバイス会を行うと、同日は予算を達成した。
各店の販促にも役立つ。各店はJ PRIMEの記事を顧客にメールで送り、潜在需要を掘り起こすとともに、社員や取引先が共有して接客の“ネタ”にする。「J PRIMEに掲載された商品や戸賀氏の名前を会話に盛り込むと、お客様と盛り上がり、買上げにつながるかもしれない」(永井氏)からだ。
戸賀氏を編集長に招聘して生まれた勢いに弾みを付けるため、今年8月には再びJ PRIMEをリニューアル。記事のページのカラーリングを黒色から白色に変え、商品がより美しく映るよう、スマートフォンで文字が読みやすいように工夫した。アクセントカラーとして採り入れたゴールドは、ラグジュアリー感を演出する。
記事のカテゴリーも拡充。従来の「ファッション」、「ウォッチ」、「車」、「ゴルフ」、「グルメ」に、「ビューティ&ヘルス」、「トラベル」、「アート」、「インテリア」、「ライフスタイル」を加えた。
もちろん、課題がないわけではなく、なお試行錯誤の段階だ。約1年前には、スマホ用のニュースアプリ「スマートニュース」に出していた広告を中止。一定の流入はあるが、いわゆる「直帰」が多く、中長期的な関係の構築には寄与していなかった。広告を止めてページビュー(PV)は減ったが、1ページだけでなく2~3ページを読む人が増加。エンゲージメント率は改善した。
ただ、オウンドメディアにとってPVは重要な指標でもある。広告を出したり、イベントを開いたりして、その数を追求していく方針だ。
今秋は効果の検証にも本腰を入れた。特別な肉料理のセットの販売、抽選で参加できるイベントの実施などを通じ、記事がどれだけ大丸松坂屋百貨店の店舗に送客するか、インターネット通販サイト「大丸松坂屋オンラインストア」で売上げを生むかなどを計測する。売上げは「まだまだ」(永井氏)だが、肉料理やゴルフクラブ、酒は好調という。アートやインテリアなどのカテゴリーも含め、次世代富裕層が百貨店の営業時間外でも、百貨店に行く時間がなくても、オンラインで欲しいモノを購入できるようにする。
今後について、永井氏は「数字にこだわる。特別なイベントや特典、広告、店舗からの誘導などで、コアなファンを手放さない。戸賀氏の声を基に、百貨店の外商をテーマにしたコンテンツも検討中。マーチャンダイジングやサービスとは異なる内容だ。当社では、オンラインで外商の利用を申し込む20~30代が増えている。それは外商の利便性を感じているからだろう。次世代富裕層は昔ながらの外商でなく、必要な時に必要な情報をくれる存在を求めている。それで構わないし、その一翼を担いたい。次世代富裕層に『味方だ』、『使える』と思ってもらえるように、メンテナンスしながら、トライアル&エラーしながら、ヒトとモノをつなぐハブの役割を果たす」と構想を描く。
ローンチから4年余り。「工夫によって、まだまだできることはある」と永井氏は意欲を燃やす。次世代富裕層を獲得するための橋頭堡として、J PRIMEの価値を磨き上げる。
(野間智朗)