【連載】富裕層ビジネスの世界 岸田政権の“看板政策” NISA改革に漂う暗雲
「日本の個人金融資産の1割しか株式投資に向かっていない。資産所得を倍増し、老後のための長期的な資産形成を可能にするためには、個人向け少額投資非課税制度(NISA)の恒久化が必要だ」
9月22日、岸田文雄首相はニューヨークの証券取引所で高らかにこう語った。家計の金融資産が2000兆円に上るのにもかかわらず現預金が半分以上を占めている現状を踏まえ、貯蓄から投資への流れをつくって市場を活性化させるとともに、家計の所得を層化させようという趣旨だった。
岸田政権の一丁目一番地の政策である「新しい資本主義」。それを実行するための看板政策として年末までにまとめようとしているのが「資産所得倍増プラン」だ。その柱の1つがNISAの恒久化というわけだ。
NISAの3月末時点の口座数は約1700万口座まで拡大したものの、累計の買付金額は27兆円にとどまっており、個人金融資産の受け皿としてはまだまだ小さい。そのため金融庁は、2017年度から20年度までの税制改正要望で4度に渡って恒久化を提案してきたが、減税措置を伴うこともあって財務省が反対し認められなかった。それが今回、資産所得倍増プランの柱と位置付けられたことで、金融庁は抜本的に制度を刷新。来年度の税制改正要望で新たな提案を行っている。
恒久化をめざす理由
NISAの買付金額がいまいち伸びなかった最大の理由は「時限措置」だ。「一般NISA」で投資できるのは23年まで。24年から始まる「新NISA」も投資可能期限は28年までで、非課税期間は5年間に限られる。「つみたてNISA」も42年まで、非課税の保有期間は最長で61年までとこちらも期限がある。
時限措置があることによって、非課税期間が終わった後に翌年の枠に資産を移し替える「ロールオーバー制度」といった手続きも極めて複雑。また、購入した商品を売却すると、その非課税枠が消えてしまうなど、金融商品の入れ替えができない点も敬遠された大きな理由だといえる。
こうした弊害を取り除く決め手が恒久化だというわけだ。恒久化すれば、誰もが好きなタイミングで資産形成を始めることができる。例えばつみたてNISAを今初めても、投資可能期限が42年までのため、20代で始めたとすると、結婚して子どもができ、教育費がかさむようなタイミングの40代で終わってしまう。つまり最もメリットを受けたいときに受けることができなかったわけだ。恒久化によってこうしたデメリットを解消するとともに、現行3種類ある制度を一本化し、分かりやすく使いやすい制度への見直しを進めている。
金持ち優遇批判も
しかし、こうした改革に対して批判の声もある。
現在、前述した制度の見直しを進めているほか、非課税となる年間投資上限額の引き上げ、もしくは撤廃も検討していることを受けて、「富裕層に有利な制度になるだけで、資産を持たない人との格差を広げかねない」との指摘が多くある。
ボリューム的にもマスであり、最も期待できる中間層の資産形成に役立つ制度設計にしなければ意味がない。投資額の拡大というNISAの効果ばかり追求すると、富裕層ばかりが増えて「金持ち優遇」との批判を招いてしまう可能性が高い。
そもそも岸田首相は、自民党の総裁選の際に「格差是正」の名の下に「分配」を政策の柱に据え、年間所得が1億円を超えると税の負担率が下がる「1億円の壁」にも言及するなどしていた。にもかかわらず、今回打ち出している改革案はそうした政策に逆行しかねない。一時は富裕層に影響が大きいといわれる金融所得課税の強化を打ち出し、税負担の公平性を保とうとしたものの、株安に見舞われた途端に棚上げにしているだけになおさらだ。
円安に物価高に見舞われているタイミング
もっといえば、「タイミングがあまりにも悪い」といった指摘もある。
ある金融関係者は、「コロナウイルスの蔓延は少しずつ落ち着き始めたが、ここにきて円安が猛烈なスピードで進んでいるほか、欧米ほどではないものの物価も上がり始めた。このタイミングで貯蓄から投資と言われても、どの程度投資に向かうのか。まずは経済政策をしっかり進めて、安心して投資できる環境を整えることを優先すべきではないか。そもそも、貯蓄から投資へと言い続けて何年になるのか。そもそも日本人は貯蓄が好きだし、資産を多く持っている高齢者層は老後不安で金融資産を投資に回そうとはしないのではないか」とした上で、次のような懸念も示す。
「日本経済と企業の成長力が高まらなければリターンの大きな米国株が買われるなど、資産が海外に流出する可能性も高い。日本株に投資が向かうよう政府が成長戦略も一体で進めることが不可欠だ」
政府はNISAのみならず個人型確定拠出年金「iDeCo」の加入対象年齢についても69歳まで引き上げる方向で検討を進めるなど、非課税制度フル動員で「貯蓄から投資へ」を進めようとしている。岸田政権の看板政策だけに必死だ。しかし、本当に投資効果の高い制度設計に加えて、成長戦略を伴ったものでなければ逆効果となってしまう可能性も否定できない。