あべのハルカス近鉄本店、婦人服売場の改革が着々と
近鉄百貨店が、あべのハルカス近鉄本店で推し進める婦人服売場の再編が成果を上げている。カテゴリーの枠にとらわれない、いわゆる「スクランブルド・マーチャンダイジング」(以下、スクランブルMD)が方向性で、今春にはタワー館4階、今秋にはウイング館5階とタワー館4階を新装。売上げは計画を上回っており、新客の獲得や客層の拡大、客単価の向上などにもつながっている。来春を目途に、タワー館5階もリニューアル。旧来の百貨店の婦人服売場から脱却し、収益力を高める。
昨年5月末、プロジェクトチームが発足した。スクランブルMDを軸に、婦人服売場の改革とポップアップショップの誘致を主導する。当時は5人だったが、今年9月からは7人に増え、“出身”も婦人服から紳士服、化粧品、食品、販促まで多彩だ。スクランブルMDを採り入れる上で、多種多様な人材を集めた。うち3人が5~8年目の若手で、立案や交渉といった経験を積ませる目的もある。
婦人服売場の改革だけでなく、ポップアップショップの誘致も担うのは、新型コロナウイルスの感染が拡大して以降、常設での出店に慎重なメーカーが多いからだ。まずは期間限定で採算性や客の反応を確かめられるようにして、改装の計画に役立てる。
誘致の方法は地道だ。画像共有アプリ「インスタグラム」や在阪の大型商業施設のイベントなどを調査。あべのハルカス近鉄本店との親和性が高いとみれば、出店を要請する。手間暇は嵩むが、今年6月8~14日にタワー館2階のイベントスペースで「ファチュイテ」の関西初のポップアップショップを開くと、同店とファチュイテにとってポップアップショップで過去最高の売上げを記録。プロジェクトチームの手腕と重要性を示した。こうしたヒットを積み上げられれば、改装の選択肢が増える。
一方、婦人服売場の改革は欠落したテイストの補完から始めた。「阿倍野・天王寺は梅田、難波に次ぐ3番目のエリアとされ、多くの大型商業施設が林立するが、モード系ファッションが足りない」(田持瑞季百貨店事業本部本店ファッションプロジェクト推進部係長)と分析。国内のデザイナーズブランドを中心とする衣料品、生活雑貨、食品、カフェからなる自主編集売場「サロンドゲート」を今年3月16日、タワー館4階に新設した。
婦人服の自主編集売場「スタイルギャラリー」と休憩所の跡地に構えたサロンドゲートは、約215平米に約50ものブランドを揃えるが、それだけに交渉は難航した。田持さんは「プロジェクトの立ち上げから1年も経たずに大きな売場をオープンさせなければならず、スピード感が大変だった。若手社員には出店交渉のスキルもなく、展示会のアポイントを取りまくり、どうにか進めた」と振り返る。
ただ、その苦労は報われた。スタイルギャラリーは50~60代が中心顧客だったが、サロンドゲートは生活雑貨や食品、カフェがフックとなって20~30代の買上げが多く、他社のクレジットカードによる売上げも伸長。新客の流入は明らかだ。カフェは土日に満席が続き、ファミリーや制服を着た学生の姿が目立つ。
モード系ファッションを主軸に据えた衣料品も好調だ。高価格帯を拡充し、例えばブラウスは以前より2000~3000円ほど高い1万2000円~1万5000円がメインだが、高感度な外商顧客の買上げが増え、客単価はスタイルギャラリーから倍増。ブランドでは「SACRA(サクラ)」の売れ行きが良く、7月末までの4カ月余りで消化率は9割を超えた。「エリアとしてカジュアル志向の方が多く、デザイン性やトレンド感を強化した」(田持さん)デニムも、他の衣料品との買い回りで売上げが伸びている。
買い回りでは「化粧品や食品をセルフの売場のように買い回る人が想定より多い」(田持さん)という傾向もある。化粧品では「OSAJI(オサジ)」や5月のポップアップショップを経て8月に常設化した「track oil(トラック オイル)」が人気。トラック オイルはSNSなどで話題となり、一時は入手困難だったため、初日に20本ほどが売れた。せっけんや食品との購入も多く、買い回りの起点になっているという。
課題は新客の囲い込みと品揃えの精度だ。「品揃えは定期的に入れ替えて鮮度を保つ。例えばD2Cブランドを幾つかトライしたが、買い取りの場合は時期がずれて納品されるため、タイムラグが発生する。ブランドによっても差はあるが、売り方を考えなければならない。D2Cブランドはプロデューサーやクリエーターなど“人”にファンが付くため、公式のウェブサイトでの購入が多いのもネック」と、田持さんは思案する。
9月3日には、改革の第2弾としてウイング館5階に「いろどり Marche(マルシェ)」(以下、いろどり マルシェ)が完成。タワー館4階には「Phare another closet(ファーレ アナザー クローゼット)」(以下、ファーレ)を誘致した。
いろどり マルシェは、マツオインターナショナルと共同で運営。コンセプトは「大人のたまり場」、メインターゲットは「30~40代のビジネスパーソン」で、衣料品の「ボヤージュホーム」、「ノネット」、雑貨の「エムニプラス」、食品の「きしな屋」、コミュニティスペースの「ザ・テーブル」、ポップアップスペースで構成する。ザ・テーブルでは毎日、ワークショップを実施。月に1回の頻度でアーティストの巡回展を行うポップアップスペースも含めて、客が気軽に足を踏み入れられるようにした。
ウイング館5階は60~80代が買上げ客の中心で、高齢化が顕著だった。しかも、コロナ禍で高齢者の来店や買上げの頻度は低下。いろどり マルシェには「年齢に関係なく、目的がなくても立ち寄れる売場をつくり、そこから買い回りを促す」(田持さん)という役割がある。
ファーレは、ツジが手掛けるセレクトショップ。近鉄百貨店の上本町店や四日市店にもショップがあるが、「インポートや最新のファッションに関心が強い人を呼べるように」(田持さん)、品揃えは「マルニ」などインポートが中心の“本店仕様”だ。インスタグラムのフォロワーが7万人を超えるネイリスト、山名未紗さんがプロデュースするネイルサロン「エルロ」も併設した。ネイルサロンの利用を通じて滞留時間が増えれば、売上げにも結び付きやすいからだ。
いろどり マルシェとファーレの滑り出しは上々だ。田持さんは「いろどり マルシェは、ウイング館5階の客層を変えられるか不安もあったが、想定より幅広い人が来ており、ファミリーや男性も多い。フロアとして夕方以降の客数が少なかったが、改善されつつある。ショップでは、きしな屋が好スタートを切った。ファーレも順調で、客単価はサロンドゲートの倍」と手応えを実感する。
改革の第3弾はタワー館5階を予定。来春を目途に「衣料品とプラスアルファ、具体的にはサプリやインナーケア、カウンセリングなどを組み合わせて『大人ビューティー』を提供する売場をつくり、美意識が高い人を呼び込む」(田持さん)方針だ。
以降は未定だが、「そのほかにも手を付けていないフロアがウイング館には存在し、(スクランブルMD)の他店への水平展開もありえる」と、田持さん。本店を皮切りに、近鉄百貨店の婦人服売場の改革が加速していく。
(野間智朗)