大丸松坂屋百貨店「明日見世」が初の産学連携プロジェクト Z世代がブランディング
大丸松坂屋百貨店が運営する「明日見世(asumise)」は、オープン以来初となる産学連携型プロジェクトを実施した。同店の出展ブランドである色づき美容液「IROIKU(イロイク)」のブランディングに、昭和女子大学環境デザイン学科の学生が取り組む。テーマは「IROIKUのコンセプトである“ジェンダーフリー”をどうやったら世間に深く伝えられるか」。同世代の500人にアンケート調査を実施し、仮説に対する検証を通して、“Z世代”が立案するマーケティング戦略を披露した。
今回の取り組みは、7月にキックオフ。8月の中間発表を経て、9月16日に最終発表会が行われた。当日は、昭和女子大学の学生20人と、所属する研究室の菊田琢也専任講師、三省製薬から陣内宏行代表取締役社長をはじめとした5人、明日見世プロジェクトに携わるメンバーが一堂に会した。
明日見世は、大丸東京店の4階に構えるD2Cブランド向けのショールーミングストア。昨年10月のオープン以来、事業コンセプトである「出会いの循環から新しい可能性を生み出す場」の元、様々な施策を行ってきた。会の冒頭、廣澤健太DX推進部明日見世プロジェクトリーダーは「単なるショールーミングスペースではなく『出会いを大事に』と考えてきた。今回はブランドと地域社会、すなわち大学との出会いを循環させ、新たな未来をつくっていくためのトライアルと捉えている」と、プロジェクトの趣旨について説明した。
IROIKUを開発した三省製薬は、福岡県大野城市に本社を置く製薬会社。「よりよい成分、よりよい化粧品」を目指し、自然由来の素材を基に約130種の美容成分を独自開発してきた。2019年に福岡県の産学官連携プロジェクトで、九州大学と共同研究を行った実績を持つが、マーケティングの分野で学生と連携するのは今回が初となる。
IROIKUの4つの商品ポリシーである「ジェンダーフリー」、「サステナブル」、「ニュースタンダード」、「サイエンス」から、今回の課題に「ジェンダーフリー」を選んだきっかけについて陣内社長は「最初に手掛けた化粧品は、主にアジア圏の女性の肌に合うように開発した。が、刻々と変化する時代の中で多様な価値観に向けた開発が必要だと感じた。商品開発に当社が取り入れる『SEED(サステナブル・エコ・エシカル・ダイバーシティ)』があるが、ダイバーシティにつながる重要なポイントと捉え、ブランディングテーマにした」と話す。
学生は、5つのチームに分かれて発表。持ち時間は10分で、各発表後に三省製薬と菊田講師が講評する形式で進められた。
1年生のチームによる提案は「2色セットでの販売」。IROIKUは通常18mLで価格は2200円(税込)だが、容量を現在の半分にして2色をセット、価格は変わらず2200円に設定した。198人へのアンケート調査で得た「1000~2000円の価格帯なら新しい美容液に挑戦しやすい」との回答から、「“お得感”のあるセット販売で男性へのアプローチもしやすくなるのでは」と提示した。
三省製薬の藤井章夫取締役マーケティング部部長は、ハーフサイズの案について言及。「大丸東京店での即売会や関西でのポップアップでもお客様から要望があった」。過去の価格設定についての経験も明かし、「チャレンジしやすい金額も腑に落ちる」(藤井取締役)と、アンケート結果が裏付けになった様子。菊田講師も「ハーフサイズは実用性がある」と検討の余地をうかがわせた。
2番目に2年生のチームが発表。「ホテルのアメニティとしての展開」を提案した。「化粧という行為における性別の隔たり」から「ジェンダーレスと化粧品」に紐付けし、「男女の共有」をキーワードに据えた。113人へのアンケートで74.6%が「スキンケアの共有は友人や恋人が多い」と回答。男女のカップルがIROIKUを使用する様子を撮影し、インスタグラムのリール動画を制作してZ世代のリアリティを印象付けた。
講評の際に「アメニティを試すことに積極的か」との問いが投げかけられた。学生は「パッケージがホテル仕様ではないため、試してみようという興味が湧く」と回答。藤井取締役は「スキンケアのブランドチェンジのきっかけは、紹介が最も多いというデータがある」と、可能性に言及した。菊田講師は「カップルという着眼点が良い。今は男女間のみに限定されない形も存在する。ジェンダーレスのワードにはまるのでは」と評価した。
3番目に3年生の1つ目のチームが登場。「ジェンダーフリーのイメージ」につながる“志向”の考察から始まった。導き出した仮説は「ナチュラル志向のイメージと似ているのでは」というもの。ナチュラル志向の20代男女をペルソナとし、「自然由来の成分を重視する」、「丁寧な暮らしを心掛ける」などの傾向から、生活におけるシンプルさを突き詰めた結果、性別にとらわれない「ジェンダーフリーの価値観」に行き着いた。販売環境には、男女を選ばないサウナを設定し、ニュートラルな色調のポスターデザインも披露した。
藤井取締役は「設定されたペルソナも当社内と一緒。IROIKUの方向性や目的、ターゲットに合っている」と同意を示した。アンケートで、「成分を見て購入する人が多い」という結果も、菊田講師共々、意外性のある興味深いデータとして受け止められた。
もう一方の3年生のチームによる発表が続く。「男性のジェンダーフリー化粧品の購入」にフォーカスし、男性でも購入しやすいパッケージデザインへの変更と、売場づくりを提案した。一同の興味を引いたのは、男性62人のうち83%が「ジェンダーフリー化粧品の売場に入るのに抵抗がある」とのアンケート結果。女性は131人のうちわずか2%で、「男性の方がジェンダーフリーに敏感で抵抗がある」という実情が浮き彫りとなった。
藤井取締役は「(男性の売場への誘致を視野に)今1番の悩みどころがセルフでの販売方式。実際に手に取りやすいものを試行錯誤している。取り入れたい部分がある」と、前向きな姿勢をみせた。菊田講師は「男女でジェンダーフリーに対する抵抗感が全く異なるのは興味深い。ここをどうしていくかがこれから求められていく」と課題解決への道筋に言及した。さらに「知人が使用していないと購入意欲につながらない」という大半の回答には、インフルエンサーの起用を勧めた。
最後に4年生のチームが発表。提案内容は「美しさと健やかさ」をコンセプトに、原宿、表参道エリアにIROIKUを使用できるカフェを設営するというもの。男女16人に聞いた「美と健康への意識」について、約90%が興味を示すうち、美への意識は女性の方が高いが、健康に関しては男女であまり差がない結果が出たという。
チームの1人は、「男女問わず若い人が普段から足を運ぶ場所といえばカフェ。その空間にIROIKUを置くことで自然に手に取ってもらえると考えた」と発案のきっかけを語った。
菊田講師によれば、このチームは当初「ユーチューブチャンネルをつくる計画だった」。自身のアドバイスからシフトチェンジした内容に、「カフェという空間化で、IROIKUを楽しめて体感できるのは面白い。実用化できれば」と評価した。カフェの模型は、実現を想起させるメッセージとなり得たようだ。
三省製薬や明日見世のメンバー達が、学生たちの提案を通して‟Z世代ならでは”と新鮮な驚きと発見を共有したのは、アンケート収集にインスタグラムのストーリーズを使用していたことだ。「なぜその方法を選んだのか」という問いに、学生は「気軽さ」と「手軽さ」を挙げる。見た人が「画面のマークをタップするだけならいいか」と気楽に参加してくれるのを狙った。他にもLINEやグーグルフォームなど、スマートフォン1台で発揮するSNSの拡散力と、オンラインのスピード力を利用した形といえる。自分の身近な存在だけでなく不特定多数の存在に向けて、発信する側も気軽に手軽に実行できる。こうした“軽やかさ”が、時代をけん引するZ世代の手法にあるのだろう。
陣内社長をはじめとした三省製薬の面々は、学生のプレゼンテーションに耳を傾け、一つ一つの提案に深く頷く。藤井取締役は「最近の若い人達、Z世代の話は本当に面白く、また貴重な情報源だ」と話す。各チームへの講評に「勉強になる」と言葉を添え、一貫して学ぶ姿勢を向けていた。
会の最後に総括が行われた。まず陣内社長から「アンケート内容や制作物など非常にクオリティが高く、学生の皆さんの持つベースの力に驚いた。もちろん内容にも刺激を受けた。示唆してくれた部分を社内で共有し、課題部分については解決策を見付けていきたい。本日は非常に面白く、勉強になった」と、成果のレベルに高評価を示した。
次いで、菊田講師は「明日見世さんとの取り組みで始めた企画だったが、ホテルでの撮影やカフェの模型制作など、自分自身が想像もしなかったところに着地したのが面白かった。ジェンダーフリーに対する考え方など、色々な刺激を得られた大満足な時間だった」と感想を述べた。
そして廣澤氏。「店舗づくりや商品の見せ方などが参考になった。インスタグラムのストーリーズの利用についても、Z世代の声を聞く際の手掛かりになった」。さらに「今日の提案が三省製薬様にとってヒントになり、これからのアクションにつながれば、それは学生皆さんの成果。こうした機会ができて良かった。知人や友人に協力を求めたアンケート収集など大変だったと思う」と学生を労った。
明日見世初となった今回の取り組みは、三者にとって“新しい可能性”を見出す貴重な機会となったようだ。世代を超えた“価値観の共有”は、それぞれに今後につながる有益な選択肢をもたらした。
オープンから1年を迎える今、次なる‟出会い”と‟可能性”に向けて、勇敢なトライアルは続く。
(中林桂子)