【連載】大丸松坂屋、事業ドメインの変革で時代に適合
デジタルトランスフォーメーション(DX)の“波”は、コロナ禍によって全世界で勢いを増した。日本の百貨店業界でも、大手を中心にDXを推し進める企業が目立つ。しかし、DXの定義はあやふやだ。絶対的な正解があるわけではない。そこで「デパートニューズウェブ」は、百貨店業界の各社に「DXのキーパーソン」を尋ね、インタビューに応じてもらう。DXをどう捉え、どのような方法で、どういう順番で、どこから手を付けるのか――。各社各様のDXを“共有”し、百貨店業界の振興に役立ててほしい。第5回は、大丸松坂屋百貨店の金井庸一本社経営戦略本部DX推進部デジタル事業推進担当部長に話を聞いた。
《連載》DXのキーパーソンに聞く 第5回 大丸松坂屋百貨店
――まずは経歴を教えて下さい。
大丸梅田店に入社して以来、一部の期間を除いてほとんどの時間、百貨店事業に携わっており、中でも経営企画の部門が長く、戦略の立案と実行を担当してきました。2007年9月3日にJ.フロント リテイリング(以下、JFR)が設立されてからは不動産売買、M&A、店舗の閉鎖などを手掛け、スタイリング・ライフ・ホールディングス(以下、SLH)への出向を経て、2016年にICT(情報通信技術)の担当となり、そこからはデジタル系の仕事が続いています。具体的には「大丸・松坂屋アプリ」の開発、マーケティングオートメーションシステムの構築などを進めてきました。
JFRの設立時には大丸と松坂屋のハウスカードやシステムの統合も取りまとめました。ただ、プログラミングやHTMLができるわけではありません。
――御社におけるDXの定義とDX推進部の役割は何でしょうか。
ICTやITは仕組みですが、DXは事業ドメインの変革です。企業として、どんなお客様に何をどうやって提供するか。その方法のトランスフォーメーションであり、時代に合わせて方法だけでなくターゲットや中身も変えていかなければ、百貨店事業は右肩下がりになってしまいます。
役割については、DX推進部は主に3つに分かれます。①システムベンダーと実際にシステムを構築・管理する部隊②新規事業を立ち上げる部隊③すでに事業化した、インターネット通販サイト「大丸松坂屋オンラインストア」、化粧品のメディアコマース「デパコ」、サブスクリプション型のファッションレンタルサービス「アナザーアドレス」を運用する部隊――で、私が管轄するのは③です。③には、いかにリアル店舗と有機的に結合させるかという命題もあります。
――大丸松坂屋オンラインストア、デパコ、アナザーアドレスのそれぞれについて、成果と課題は。
大丸松坂屋オンラインストアは、前身の「大丸松坂屋オンラインショッピング」をリプレイスして今年3月29日にローンチしました。従来は百貨店としての品揃えを提供してきましたが、売れ筋の傾向などから「お客様に“百貨”が求められているわけではない」と判断し、強みである食品とギフトにフォーカス。各店が独自に地元で発掘したり開発したりしたローカルフードの販売、リアル店舗での受け取りなども強化し、競争力を培います。ネット通販サイトはエッジが立った方が強くなると考えていますし、リアル店舗とも連携しやすいです。
ECは2020年度(20年3月~21年2月)、21年度と前年比で2桁以上伸ばしました。22年度は少し鈍いですが、原因は明らかです。コロナ禍が一段落してリアル店舗にお客様が戻り、反動減がみられますし、大丸松坂屋オンラインストアへのリプレイスに伴うID統合に関するお客様からの問い合わせが全体の4~5割に上り、対応に追われて販促が後回しになりました。そもそも、それらを含めてシステムを変えるに当たって予期せぬトラブルが起き、お客様に迷惑がかからないよう、新たな集客策を2~3カ月間に亘り休止した影響もあります。
成功のカギは、リアル店舗との協働です。リアル店舗の担当者のモチベーションを、いかにECへ向けてもらうか。1週間に1度は各店舗の担当者を集めて会議を開いています。大丸松坂屋オンラインストアを上手く使えば、ローカルフードを全国に売り込めますし、例えば「手土産を大丸松坂屋オンラインストアで買ってリアル店舗で受け取り、素早く目的地に向かえますよ」と訴求できます。時短のニーズに適い、ターミナル型の店舗は立地という武器を生かせますよね。
デパコも大丸松坂屋オンラインストアと同じく今年3月29日にローンチしました。ブランドやSKUの数が計画に届いておらず、売上げは厳しいですが、ページビュー(PV)は旧サイトに比べて約3倍に増え、セッションは30~40%伸長しました。メディアコマースと位置付ける通り、読み物にECが付いたウェブサイトで、検索からの流入も多いとはいえ、経営目標達成指標(KGI)の底辺が大きくなったと捉えています。
当面は「閲覧者」(=オーディエンス)から「会員」、「購入」へのステップアップを目指し、マーケティングの部隊には分母、すなわちオーディエンスを増やせる施策の継続化を指示しました。
メディアコマースには商品を買う目的で訪れる人が多く、狙いは衝動買いです。どう、心をくすぐるか。その時は買わなくても、後にメールなどで背中を押せば、購入につながるかもしれません。こうしたトライ&エラーを繰り返すと、コンバージョンが上がっていくはずです。かつての当社では短期間で規模や数字を求められてきましたが、デパコについては「一旦しゃがむのは仕方ない」と理解されており、失敗を恐れずに挑戦を続けます。
アナザーアドレスは計画値を大幅に上回っています。衣服をレンタルして、そのまま買う人も多く、それは良い意味で想定外です。アナザーアドレスでは「買ったものの、似合わない」というリスクを避けられますし、気に入れば購入できるため、カスタマージャーニーと合っています。ゆえに、多くの支持を得られたのでしょう。
今まで店舗で販売してきた衣服を貸すという、いわばアンビバレントな事業であり、開始時には及び腰だった取引先も少なくないですが、結果的には「(ファンの)裾野を広げられるビジネス」と化し、お客様にとっても取引先にとっても当社にとってもメリットが大きい「三方良し」です。
――アナザーアドレスに課題はありますか。
需要に対して供給が追い付かず、多くのお客様にお待ち頂きましたが、供給体制は整ってきましたし、システムも改良されています。1つ挙げるなら、季節商材です。余剰な在庫は利益を圧迫するため、季節商材は潤沢に揃えられません。北海道の利用者からは「冬に着る服がない」という声も届き、休会や退会につながりかねないリスクと認識しています。ただ、大きな問題は生じていません。
――大丸松坂屋オンラインストア、デパコ、アナザーアドレスの現状を100点満点で表すと、どれくらいでしょうか。その上で、どう100点に近付けますか。
順に70点、70点、90点です。100点を目指すために、DXとしては「仕組み」と「コンテンツ」の2つを上手く回していく必要があると考えています。
社内のコミュニケーションツールである「Gsuite」やお客様とのコミュニケーションツールであるアプリや各サイトが「仕組み」であり、そこで提供する商品や記事情報が「コンテンツ」ですが、コンテンツの担当者がバラバラに動くとロスが多く、お客様にも取引先にも不親切です。チャネルや部署を横断してコンテンツを制作する意識改革や調整のための会議が欠かせません。
例示すると、絵画や宝飾品を外商で販売しようとした時に、バイヤーがお客様の家に実物を持っていくのが従来の方法です。しかし、それが最適とは限りません。当社には外商顧客専用のウェブサイト「コネスリーニュ」がありますが、そこでどう見せるか。あるいは、ECではどう扱うか。リアル店舗、EC、外商の3つを意識し、プロモーションを含めて何が最適かを吟味して、コンテンツを用意しなければなりません。
ECではカレンダーマーケットを中心に追ってきましたが、チャネルやリソースを広げれば、違う切り口もあります。仮に上質な肉を売るとして、中元や歳暮の時期だけでなく、バーベキューも商機ですよね。これから注力していきますが、未開拓の地は大きく、可能性も無限大です。
――百貨店業界がDXを推し進める上でのポイントは。
アプリなどの新たなチャネルやサービスを提供する際、「企業として、これをやりたい見せたい」という視点で始めがちですが、「その顧客が何を望んでいるか」がより重要です。どのようなお客様が、どう動くかという視点がないと、恐らく失敗します。
DXとは異なりますが、教訓となった失敗談があります。SLHに出向中、新しいマーケットとして台湾に「日本の雑貨を売る」形態の「PLAZA TOKYO」を出しましたが、お客様のニーズやジャーニーが見えておらず、大失敗しました。端的に言うと、台湾の人々は「日本に来てPLAZAで買い物したかった」のです。DXにも通じる教訓ではないでしょうか。
(聞き手:野間智朗)