【連載】松屋は顧客との接点増加、利便性の向上を大前提に
デジタルトランスフォーメーション(DX)の“波”は、コロナ禍によって全世界で勢いを増した。日本の百貨店業界でも、大手を中心にDXを推し進める企業が目立つ。しかし、DXの定義はあやふやだ。絶対的な正解があるわけではない。そこで「デパートニューズウェブ」は、百貨店業界の各社に「DXのキーパーソン」を尋ね、インタビューに応じてもらう。DXをどう捉え、どのような方法で、どういう順番で、どこから手を付けるのか――。各社各様のDXを“共有”し、百貨店業界の振興に役立ててほしい。第4回は、松屋の齋藤篤顧客戦略部顧客政策課長に話を聞いた。
《連載》DXのキーパーソンに聞く 第4回 松屋
――御社におけるDXの定義と顧客戦略部顧客政策課の役割を教えて下さい。
当社は2022年度(22年3月~23年2月)からの中期経営計画「サステナブルな成長に向けて」で、外商カードや松屋カード、松屋ポイントカードなどの保有者である「ID顧客」の売上げ構成比を、19年度の47%から24年度に60%まで上げる目標を掲げていますが、どうエンゲージメントを高めるかを考え、施策を実行するのが顧客戦略部顧客政策課です。もちろん、新しいお客様の開拓にも取り組みます。
DXについては、①顧客の利便性を高める②顧客との繋がりを常に持ち続ける――の2軸で進めており、お客様にリアル店舗ならではの体験を提供するだけでなく、帰宅してからもスマートフォンや仮想現実(VR)、インターネット通販サイトなどで繋がれるようにしていきます。
その一環としてリモート接客を強化しており、好事例が生まれました。大和富山店が今年4月に松屋銀座店の名物催事である「『銀座の男』市」を開き、協力する当社も社員を派遣しましたが、会期終了後にあるお客様からその社員の接客を希望され、リモート接客で購入に結び付いたのです。“デジタル”は距離をゼロ化し、新たな商機を開拓できます。
――最新の成功事例を紹介して頂きましたが、これまでに手掛けてきたDXに関連する施策を教えて下さい。
インバウンドを担当する部署でもあり、「ウィーチャット」のアカウントを構え、コロナ禍前は銀座店を訪れて商品を購入した訪日外国人客に宣伝媒体を渡し、フォローしてもらった結果、一時期はフォロワーが5万人を超えました。コロナ禍で訪日が難しくなり、フォロワーは減少傾向ですが、定期的に情報発信を行い、インバウンドの回復に備えて、お客様との接点の維持を図っています。
ライブコマースも行っており、例えばアジアで日本人アーティストのプロモーションを行うA4プロジェクトを運営するアーティストマネジメント会社、Alternative Art Agency ASAKURAが今年4月8~10日に現代アートの展示会「A4 CROSSING」を東京都、台北市、VRの3カ所で同時に実施した際は、銀座店の3階に擁する外国人顧客サービスカウンターを特設会場として提供。日本のアーティストをアジアに発信するとともに、当社は場所を提供して作品の売上げの数%の手数料を得ました。間接的なライブコマースですが、収益性は高いです。
昨年11月には、ウィーチャットでいわゆる「越境EC」を始めました。(取材した5月13日時点では)立ち上げたばかりで“数字”は伸びていませんが、「アフター・コロナ」で訪日外国人客が再び増えていく前に、中国に戻ってからも商品を買える環境を整備中です。
昨年11月には「越境EC」を開始
――コロナ禍は百貨店業界に大きなダメージを与えましたが、DXを加速する転機になったとも言われます。
当社はECに本腰を入れました。昨年5月には化粧品の「松屋ビューティーオンライン」を立ち上げ、食品の「松屋 フード&スイーツ」、冷凍食品の「GINZAの冷凍食品」など品揃えの幅を広げています。昨年11月には、日本デザインコミッティーと組んで銀座店の7階に構えるセレクトショップ「デザインコレクション」の「バーチャルストア」をオープンしました。ECの機能も備えており、7階のショップも含めて売上げは順調です。今年5月下旬には品揃えを20点ほど増やし、表示速度を上げるといった技術的な改良も続けていきます。
――同業他社もECに傾注しています。最後発として、売上げを伸ばすためには差異化が必要です。
ポイントは、強みである化粧品の充実です。ブランドのラインナップを増やすだけでなく、当社のカードホルダーにメリットがある「ポイント5倍」などの販促を定期化して、購買意欲を喚起します。
カードホルダーへの施策の柱は、やはりポイントです。LINEの「友だち」は約35万人、Instagramのフォロワーは約3万人を数えますが、LINE やInstagram の“軽い付き合い”からID顧客化していくために、どうするのか。1つは決済手段の拡充です。松屋の全館で昨年12月に「PayPay」をはじめとするバーコード決済が可能になりました。先んじて昨年3月に銀座店の化粧品売場に「楽天ポイントカード」を導入しましたが、どちらも他で貯めたポイントを使ってくれるというメリットがあります。
実際、当社が「銀座インズ」で運営する「プチプチ マルシェ」では、付与するポイントの約9倍が、銀座店の化粧品売場では同じく約4倍が、それぞれ消費されています。つまり、持ち出しは少なく、それ以上の収益が得られているのです。併せて松屋ポイントカードも使ってもらえればダブルポイントとなるため、同カードの保有、ひいてはID顧客を獲得する入口としても重要な役割を果たしています。楽天グループは独自の販促に積極的で、当社と親和性が高い人を呼び込んでくれるのも有益です。
実は侮れないのがメールマガジンです。コロナ禍でも銀座店や浅草店を訪れ、商品を買ってくれたメールマガジンの登録者に、感染対策などについてのアンケートを兼ねてメールを送ると、約13%が返信してくれました。買い物の直後のアクションは反応を得られやすいと考え、販促に役立てられないか検討中です。
――今後は何に力を入れますか。
リモート接客です。冒頭で「『銀座の男』市」に触れましたが、大和富山店が開店90周年記念企画と位置付け、かなりの情熱を注いでくれたため、売上げは目標を達成しましたし、リモート接客も成果を上げました。今後も、リアル店舗の会期終了後をリモート接客でサポートする形で、継続したいと考えています。
また、銀座店には2017年に組織した大手企業の勤務者が名を連ねる「マツヤ・メンズクラブ」がありますが、転勤などで来店が難しい方に向けて、リモート接客のツールを活用し、来店時と変わらず案内することで、来店せずにスーツを仕立てられるようにしました。リモート接客でアプローチするとともに、他の品番にも生かしていきます。
ただ、忘れてはいけないのは、全ては人財と接客力があってこそです。お客様が「この日に、この人に接客してもらいたい」とならなければ成立しません。店舗を訪れる時間がない、あるいは訪れたくない気分の時に、デジタルで繋ぐのがDXです。一方で、現物を手に取れなくても色柄などを精確に把握できるカタログや設備などは必要ですね。
――DXの進展を、どう予測していますか。
お客様と繋がる、お客様の利便性を向上させる。これは前提です。その上で、国内のお客様はLINEとの連携の強化で、海外のお客様はウィーチャットの活用をメインに、来店および買上げを促進します。
技術的にはメタバースに注目しています。どこまで浸透するか、ビジネスとしての成長性はあるのか、意見は分かれていますが、恐らくInstagramがここまで浸透するとは思っていなかった人が圧倒的に多いはずですし、きちんとチェックして取り残されないようにしなければなりません。
(聞き手:野間智朗)