増える、本と楽しい商業施設
図書館が駅前に移転したり、商業施設内に出たりする動きは今に始まったことではないが、その傾向は依然続き、より強まっているようだ。電車やバスなどの交通機関で通勤・通学する人にとっては駅前に図書館があれば便利で、買い物のついでにも立ち寄りやすい。商業施設にとっても入館数が増える傾向があるだけに、図書館は大きな集客装置だ。公共図書館の単独にとどまらず、行政機関と一体で移転するケースも少なくないのは、図書館を中心にして賑わいを創出し、駅前中心部を活性化させる狙いがある。
こうべ未来都市機構(旧OMこうべ)は、神戸市営地下鉄5駅の駅前でショッピングセンター事業を展開している。西神中央駅前で約102の専門店と「イオンフードスタイル」を核とする「プレンティ」、神戸市営地下鉄三宮駅に次いで乗降客数が多い名谷駅前で約90店舗以上の専門店からなる「須磨パティオ」、妙法寺駅前で「コープこうべ」と約40の専門店からなる「リファーレ横尾」、学園都市駅直結の「キャンパススクエア」などだ。
神戸市が進める「リノベーション・神戸」で駅前一体の活性化が進行しているのが、プレンティがある西神中央駅周辺と、須磨パティオがある名谷駅前周辺だ。今年4月には、西神中央駅周辺では今年4月「西区新庁舎」が開業したのをはじめ、双日がそごう西神店跡地を大改装して全65店舗からなる商業施設「エキソアレ西神中央」をオープン。22年秋頃には文化・芸術ホールと「新西図書館」からなる複合施設が完成する。
移転してくる図書館は専用床面積約2300平米で、市西部の拠点図書館となり、蔵書数は約20万冊でスタートして30万冊を目指す。プレンティを運営するこうべ未来都市機構も1989年の開業以来最大規模、投資額で約20億円に上るプレンティの大規模改装を23年秋頃に計画しており、それに先駆けて今秋「プレンティ広場」をリフレッシュオープンする予定だ。
こうべ未来都市機構は、プレンティに続き24年に須磨パティオのリニューアルも計画中。須磨パティオも名谷駅周辺のリノベーションを見据え、「名谷図書館」の新設、南ゾーンにある既存駅ビルに加えて北ゾーンへの駅ビルの新設、落合中央公園のリニューアル、北須磨支所の移転、集合住宅や保育施設の新設などが盛り込まれている。
名谷図書館は、名谷駅前の大丸須磨店に昨年オープンした。大丸須磨店は開業40周年を迎えた2020年に第1期、21年に第2期の全館規模の改装を手掛け、新たな郊外店モデルに挑戦。1~2階を百貨店とし、1階は強みの食品を強化する一方、2階は従来の百貨店カテゴリーを圧縮・効率化した。
改装前は百貨店カテゴリーで構成した3~4階はテナントに転換。リラクゼーション、歯科、自然派化粧品、美容院、カフェ、進学塾、子供英会話などの多彩なカテゴリーで構成した。
そして第2期改装で21年3月、4階に登場したのが名谷図書館。ショッピングモールや駅ビルの中には少なくないが、百貨店内への本格的な公共図書館の開設は全国でも初めてとなる。名谷図書館は移転前に比べて約1.7倍の約1300㎡の広さになり、館内の座席数はソファなどを含め約137席、蔵書は約7万冊を見込む。
大丸須磨店に名谷図書館が入り、両者の間に相乗効果が出ているもようだ。同図書館の利用者数は1日あたり平日で1000人、土・日で1200~1300人。新型コロナウイルスの感染拡大による影響などで集客にブレーキがかかる状態が続いたが、その中でも効果が表れた。同店は21年秋期で入店客数が前年比5.6%増、売上げは感染拡大の影響が少ない月で3.8%増だった。
同店は「改装後に店内のお客様の流れを見た限りでは、30~40代のファミリー層が明らかに増え、午前中は未就学のお子様、抱っこ紐姿やベビーカーを押す姿、お稽古帰りのお母様の姿が多くみられるようになった。特に、クリスマスやこどもの日といった歳時記において顕著にみられる」としている。
公共図書館の多くは児童書コーナーが充実しており、名谷図書館もくつろぎながら絵本などが読める「おはなしの部屋」や「寝ころびスペース」など親子に優しい場が設けられ、大丸須磨店の店内にも親子の姿が多くみられるようになった格好だ。
「ところざわサクラタウン」は2020年11月、日本最大級のポップアップカルチャーの発信拠点としてKADOKAWAが所沢市に開業した大型文化複合施設。書籍製造、物流工場やKADOKAWAの新オフィス、イベントスペース、体験型ホテル、ショップ、レストラン、商業施設のほか、角川文化振興財団が運営する「角川武蔵野ミュージアム」も備える。建築家の隈研吾氏がデザイン監修した角川ミュージアムは、中国の岩山から切り出した花崗岩を50×70cmに削った約2万枚の石板で建物全体を覆った独特の建造物。その巨大な石の塊の内部には「本棚劇場」がそびえ立ち、アート・文学・哲学・博物が混ざり合う空間となっている。
本棚劇場は、高さ8メートルの巨大本棚に囲まれた360度の図書空間。3層平均24段の違い棚のような独特の本棚には、角川文化振興財団に寄贈された蔵書やKADOKAWAの刊行物など約3万冊が収められ、高所の本には2本のキャットウォークを走らせた。本棚の各所に24台のモニターが埋め込まれており、様々な情報が流れるととともに、30分に1度のインターバルでプロジェクションマッピングが飛び出す仕掛けが施され、本の内容が表紙の外に飛び出してくるような音と映像の体験を味わえる。
本棚劇場以外にも「エディットタウン-ブックストリート」や「アティックステップ」、「マンガ・ラノベ図書館」がある。長さ約50メートルの通りを挟みながら、世界を読み解くための9つの書域が並んでいるのがエディットタウン-ブックストリートで、ここに配架されている本は約2万5000冊。博物学者、妖怪研究家、作家など様々な顔を持つ荒俣宏氏の蔵書が並ぶのがアティックステップで、約3000冊を自ら選書して配架した。マンガ・ラノベ図書館は、世界で最も多くのライトノベルに出会える場所。特にKADOKAWAから出版されているほぼ全てのライトノベルが収蔵され、他にも児童書やコミックなどを集積し、3万5000冊を収蔵する図書館だ。
KADOKAWAの発表によると、開業約1年(20年11月6日~21年10月21日)の累計来場者数が100万人を突破した。コロナ禍の外出制限により計画当初見込んでいたインバウンドや遠方からの集客ができない状況にあって、埼玉県内を中心に首都圏からの来場があり、オープン前から様々なメディアに取り上げられたことも集客を押し上げた。本棚劇場が1番人気で、休日にはチケットの完売が続いた。
今年に入っても、駅前の商業施設や複合施設などへの図書館の移転オープンが続いている。4月には鹿児島市千日町の商業施設・タカプラ跡地に開業した再開発ビル『センテラス天文館』内に「鹿児島市立天文館図書館」が、5月には長野県飯田市の旧ピアゴ飯田駅前店に開業した『丘の上結いスクエア』内に「飯田市立飯田駅前図書館」と山形県酒田市の酒田駅前交流拠点施設『ミライニ』内に「酒田市立中央図書館」がオープン。7月には金沢市の旧金沢大学工業部跡地に「新石川県立図書館」がオープンする予定だ。
天文館図書館があるセンテラス天文館は地上15階建ての再開発ビルで、高層階にホテル、低層階に商業施設が入る。4・5階に開設された天文館図書館は、オープン時蔵書数約4万冊で年中無休(開館時間午前10時~午後8時)。今夏にオープンが予定される新石川県立図書館は、旧図書館(老朽化で21年11月に閉館)に比べ格段にスケールアップする。開架図書は約11万冊から約30万冊に、蔵書収容能力は75万冊から200万冊に、閲覧席は73席から約500席に、子どもエリアが約200平米から約2000平米に拡大。建物は地上4階・地下1階、延床面積約2万2000平米。高さ15メートルの吹き抜けを多くの本棚が取り囲む円形劇場のような「大閲覧空間」や、オープンな階段状の「だんだん広場」など見どころも多い。
そのほかにも、図書館と関係する商業施設は多い。「アリオ加古川」は公益財団法人多木文化振興会が運営する「子ども図書館」をリニューアルして約1万冊の書籍を有し、ボランティアスタッフによる絵本の読み聞かせやイベントなどを実施。「ららぽーと愛知東郷」には図書館・行政サービス機能を備えた「LivR TOGO~まちの窓口~」があり、予約図書の貸し出し、返却ができ、予約して住民票も受け取れる。大和リースの「ブランチ神戸学園都市」は、神戸市立図書館で借りた本の返却やK-libネットで申し込んだ図書を受け取れる。「セブンパーク天美」は松原市民図書館で借りた本を返却できるポストがあるだけでなく、市民図書館のリサイクル本を読めるスペースも備える。
また、「ららぽーと名古屋みなとアクルス」、「新越谷ヴァリエ」、「イトーヨーカドー花巻店」、「イオンモール大高」、「イオンモール幕張新都心」、「イオンモール名取」、「イオン藤井寺ショッピングセンター」、「二子玉川ライズS・C」などのように、館内に図書館がなくても「図書の返却ポスト」を備えている商業施設も多い。