2024年11月19日

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【連載】松屋、タクシーとバイクの“二刀流”で食品宅配の収益源化に手応え

協業するチェッカーキャブ無線共同組合とドライバーからは「注文がなければ、通常の業務を全うすればいい。メリットしかない仕組み」と好評だ

コロナ禍によって生じた「イエナカ消費」を追い風に、急成長を続けるのが食品の宅配だ。百貨店業界の各社も、新たなサービスを立ち上げるなどで本腰を入れる。いわゆる「デパ地下」の品揃えの上質さや稀少性、特別感は広く知られており、1度の注文で様々な飲食物を届けてもらえる利便性と送料の割安感も手伝い、総じて売上げは好調だ。20代や30代をはじめ、百貨店に馴染みがなかった人々の利用も多い。収穫は多いが、オペレーションや人員などに課題を抱え、「アフター・コロナ」でも食品宅配が一定の需要を維持できるかには疑問符も付く。食品宅配は、百貨店にとって中長期的な収益源に育つのか――。各社の現状を追う。

《連載》百貨店業界が本腰を入れる食品宅配の現状と課題 第3回 松屋

災い転じて福となす――。松屋がコロナ禍で始めた食品宅配が、じわじわと利用者を増やしている。チェッカーキャブ無線共同組合と提携し、タクシーのドライバーが主に生鮮品を配達する「松屋御用聞き」を一昨年の11月4日に立ち上げると、昨年は出前館などと組んでバイヤーが選りすぐった食品をバイク便で届ける「デパ地下グルメお届け便」を追加。長引くコロナ禍で注文は着実に増えており、松屋御用聞きは1カ月に20件、デパ地下グルメお届け便は銀座店と浅草店の合算で1日に10件前後を数える。出前館を通じた利用者の大半は松屋にとって新客で、売上げ以外のメリットも多い。コロナ禍では、銀座店が約1カ月半の臨時休業を余儀なくされるなど大きな打撃を受けた松屋だが、窮余の策として蒔いた食品宅配という種は、すくすくと育つ。

松屋はコロナ禍の以前から、銀座店で2種類の食品宅配を手掛けてきた。地下2階で扱う一部の生鮮品をヤマト運輸で翌日に届ける電話注文と、法人を対象とする弁当の配送だ。弁当は会議やイベント、テレビの撮影などで100個単位の注文も少なくなかったが、電話注文は1日に1~2件に過ぎず、どちらも社内では収益源でなく“ソリューション”と位置付けられていた。

それが、コロナ禍で一変する。テレワークの採用、イベントや撮影の中止で弁当の注文が激減した反面、電話注文は1日に10件、多い時は30件超に急増した。今井克俊営業一部付担当課長は「10個など少人数用の注文が増えてきたが、(配送が可能な)最小単位に満たない、送料が重いといった課題が浮かび上がった」と、当時を振り返る。

そこで着目したのが、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、飲食物の宅配が可能になったタクシーだ。「タクシーなら小ロット(の注文)でも対応できる。すぐに事業者へオファーを送った」(今井氏)。

“相棒”に選んだのは、チェッカーキャブ無線共同組合。そこから半年を費やして「ドライバーがやりたいかどうか」、「どこにタクシーを停めるか」、「ウィンウィンの関係を構築できるビジネスモデルの確立」などの問題を協議し、クリアした。時には、今井さんがチェッカーキャブ無線共同組合の会議に出席。百貨店に求められる接客のレベルについて理解を求めた。

名称は「松屋御用聞き」と定め、一昨年11月4日に始動。銀座店の地下2階、生鮮品売場に構える12のショップの商品を、電話で注文できる。電話を受けるのは松屋の社員で、注文が入るとチェッカーキャブ無線共同組合の担当者に連絡。担当者は宅配が可能なドライバーを選び、ドライバーは銀座店で集荷して客に届ける。午後1時までに注文すれば、当日の午後3~6時に受け取れる。範囲は23区内で、配送料金は5キロメートルまでが2750円、10キロメートルまでが3300円。以降は1キロメートルごとに220円が加算される。最低金額など利用の条件はない。

配送料金は、全てチェッカーキャブ無線共同組合に支払う。「ドライバーに研修で松屋流の接客を学んでもらい、保険も整備してもらったからこそ、多めに設定した。いくらにするかは、かなりやりとりした。お客様にとっては、一般的な食品宅配に比べて高いが、もらうべき料金はもらい、サービスを長く続けられるようにする」(今井氏)。

銀座店にポスターを貼ったり、チェッカーキャブ無線共同組合にビラを配ってもらったり、地道にPRを続け、今年1月時点での利用者は1カ月に約20件数える。リピーターが付き始め、中には1週間に1度は必ず注文する人もいる。リピーターは5万円以上の注文が多いという。チェッカーキャブ無線共同組合やドライバーからも「注文がなければ、通常の業務を全うすればいい。メリットしかない仕組み」と好評だ。

現状のボトルネックは“キャパシティ”。「実態としては生鮮品に限らず全て注文を受けており、これ以上は人員の面で難しい。ただ注文を受けるだけでなく、その日のオススメも伝えており、それは全員で各売場を回って選定する。リピーターへの準備も必要で、5人での運用には限界がある」(今井氏)。

銀座店で松屋御用聞きが一定の支持を集めたため、浅草店でも新たな食品宅配に乗り出した。自転車やバイクで当日の配送を実現するプラットフォーム「クルーエクスプレス」を手掛け、独自の審査を通過しなければ登録できないなど、配達員の質に定評があるアジット社と提携。昨年6月にデパ地下グルメお届け便をスタートした。

バイヤーが選りすぐった生鮮品や惣菜、弁当、グロッサリーなど42種類(当時)を、電話で注文できる。主要顧客である50代の使いやすさを重視し、ウェブサイトでなく電話を選んだ。対象の地域は店舗から2キロメートル圏内の台東区と墨田区で、最短1時間で届ける。配送料金は地域と曜日で異なり、平日が770円か1100円、土日祝が924円か1320円。

店舗にもカウンターを構える(写真は浅草店)

昨年7月22日には、銀座店にも導入した。基本的なフォーマットは一緒だが、対象の地域は店舗から5キロメートル圏内に広げ、配送料金は平日が770円、1100円、1650円、土日祝が924円、1320円、1980円。商品は70種類(当時)を揃えた。

デパ地下グルメお届け便は「予想外に客単価が高い。最高で3万円、平均は1万円近くで、恐らく4~5人分とみられる」(今井氏)。浅草店は年配のリピーターが中心で、精肉や鮮魚の注文が多い。注文の数は銀座店の半分だが、悪天候時に需要が増えるなど、買い物に行きづらい時の“足”として定着しつつある。銀座店の売れ筋は中華で、「京都 つる家 花陽」の「すき焼き重」(4800円)や「茶懐石 三友居」の「竹籠弁当」(3780円)など3000~4000円台の弁当の動きも良い。

新たなサービスが歓迎された一方、「ネットで注文できないのか」という声が多く寄せられた。電話だけでは「ウーバーイーツ」や「出前館」に慣れた人を呼び込めない。今井氏も「コロナ禍では、銀座店の某ブランドの昼時の売上げが半減した。オフィスワーカーの行動範囲が狭まり、近くのコンビニやキッチンカーで昼食を済ませるのではないか。それを取り戻すためには、宅配が必要」と判断。昨年9月6日、デパ地下グルメお届け便を出前館でも使えるようにした。

出前館では120種類(当時)の商品が注文可能。オフィスワーカーの需要に照準を合わせ、菓子やパン、牛乳などもラインナップした。出前館はあくまでも“入口”で、松屋が契約したドライバーが車やバイクで届ける。最低注文金額は2000円。客単価は最高で2万円前後、平均が2000~3000円で、1日あたりの注文は多くて15件ほどだ。利用者の大半は松屋にとって新客で、その年齢も総じて既存顧客より若い。出前館を介し、間口が広がった格好だ。

目下、松屋は5種類の食品宅配を擁する。今井氏は「アフター・コロナでは食品宅配の需要が減ると言われるが、確立した5種類を継続していく。時には配送の手段を変えてコストを抑制しつつ採算性を高め、いずれは専任の組織を発足させ、業務を集約させたい。食品宅配で1億円の売上げを目指す」と青写真を描く。

コロナ禍を契機に、食品宅配を収益源に――。まさに「災い転じて福となす」の精神だ。

(野間智朗)