2024年11月19日

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【連載】富裕層ビジネスの世界 岸田首相の肝いりで誕生か!?「スタートアップ」というビジネスチャンス

岸田首相が目玉政策として掲げる「スタートアップ育成」。現状では米国だけでなく、中国にも大きく劣っている。しかし、岸田首相の声を受け、政界のみなず経済界も動き始めた。

スタートアップ創出元年

8月10日に誕生した第二次岸田改造内閣。直前に安倍晋三元首相が襲撃されて死亡したほか、新型コロナウイルスの蔓延やウクライナ危機、台湾をめぐる米中関係の緊張、そして国際的な物価高など政策課題が山積する中で、岸田文雄首相は「数十年に一度とも言われる難局を突破するため」政策断行するとぶち上げた。

岸田首相は、改造内閣の発足に当たって「防衛力の抜本強化」、「経済安全保障推進法の実行」など5つの重要政策を掲げた。中でも注目されたのは、自ら「最重要課題」と位置付けている「新しい資本主義の実現を通じた経済再生」だ。

具体的には、人への投資、スタートアップの育成、グリーントランスフォーメーション、デジタルトランスフォーメーションなどの実現に向けた体制強化を図るとしている。その上で、新しい資本主義の全体調整とスタートアップ担当大臣として、実行計画の取りまとめを担当した山際大志郎を任命した。スタートアップ担当大臣が設置されるのは初めてのことだ。

1月4日の年頭記者会見でも岸田首相は、「戦後の創業期に次ぐ日本の第2創業期を実現するため、本年をスタートアップ創出元年にする」と発言しており、岸田首相の肝いり政策であることは間違いない。

しかし大臣を設置すればすべてうまくいくとは限らない。それでなくても、日本のスタートアップ政策はあまりにお寒い状態だと言わざるを得ない。しかし、立ちはだかる壁を取り払うことができれば、富裕層にとって大きなビジネスチャンスになることも請け合いだ。

米中に劣る日本

まず、日本のスタートアップの現状を見ていくことにする。未上場で時価総額が10億ドル(約1350億円)以上の「ユニコーン企業」は、米国が400社超、中国でも100社を超えるのに対し、日本はわずか6社しかない。そもそも企業の新陳代謝を表す開業や廃業自体も米国には遠く及ばない。

そのため岸田首相は、「5年間でスタートアップ企業の数を10倍に増やすこと」を視野に5ヵ年計画を策定するとしているが、そもそもスタートアップ関係者の間では「日本には、スタートアップ企業を育成する“素地”が乏しい」との見方がもっぱらだ。

「欧米のスタートアップ企業は、『政府調達』を請け負って、急拡大している企業が少なくない」とスタートアップ企業の幹部は指摘する。

例えば、イーロン・マスク氏率いる米国の宇宙企業・スペースXは、航空宇宙局(NASA)が委託する輸送や開発業務が原動力となり、時価総額が10兆円を超える規模にまで急成長した。また、新型コロナのワクチンで有名になった米国のバイオテクノロジー企業・モデルナも、mRNAワクチンが政府調達にされたことで、2021年の売上高が2020年比で16倍に跳ね上がった。

このように政府から受ける「仕事」によって企業が大きく成長を果たした例は、世界では枚挙に暇が無い。だが日本では、官公需の調達に占める創業10年未満の企業との契約は1%を切っている上、その比率は年々低下傾向にあるのだ。

そこで、ベンチャーキャピタル(VC)の関係団体が政府に働きかけている。脱炭素、安全保障、DXの分野で合計3000億円の政府調達を行うよう、議員や省庁に対し働きかけを行っている。政府側も、関係団体に対象企業リストの提出を求めており、政府調達に前のめり。政府調達を受けてビッグカンパニーに成長する企業が出てくるかもしれない。

資金調達面でも新たな動き

仕事に次いで、成長期における資金調達の問題が横たわる。2021年のスタートアップ企業の資金調達総額は日本が7800億円なのに対し、米国は36兆円と雲泥の差があるのだ。

スタートアップ企業は、「案件が100件あって、成功するのは1件くらい」(金融機関幹部)などと揶揄されるほど、資金の供給サイドにしてみれば極めてリスクの高いリスクマネー。しかも1件当たりの調達額が小さいため、たとえ企業が成功してもリターンが小さい。そのため、かつては数多く存在した日本のVCも次々に消えていった。「政府系を含む大型の機関投資家がVCへの出資を増やさなければ、リスクマネーの潤沢な供給は難しい」(同)というわけだ。

こうした状況について政府も理解しており、状況は変化しつつある。スタートアップ界隈で話題となったのは、公的年金の積立金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、日本に特化した未上場株投資を開始したことだった。

これまで、産業革新投資機構(JIC)はこの1~2年でVCへの出資を増やしているし、中小機構も以前から積極的だったが、いかんせん規模が小さかった。そこに約196兆円の運用資産を抱え世界最大級の機関投資家であるGPIFが参入したことで、期待が集まっているわけだ。

「日本のVCもここ数年、いいリターンを出しているところも増えてきており、海外勢も注目している。この波が続けば、市場は盛り上がる」とVC関係者は明かす。

動き始めた経済界

ただ「仕組み」作りが待たれる部分も残されている。

例えば、スタートアップ企業という「法人」と、創業者・経営者という「個人」の問題。金融機関が融資する際、創業者や経営者個人の保証を求める慣行が起業リスクを高めているとの指摘がある。

また、投資先企業が経営悪化などに陥った際に、VCが創業者個人に保有株式の買い取りを求めることも問題視されてきた。いずれも改善策が呼び掛けられているが、まだこうした慣行を崩すには至っていない。

そのほかにも、事業そのものに担保権を設定できる制度や使い勝手のよいストックオプション(株式購入権)制度の導入、海外人材の活用などを求める声も大きい。

岸田首相の思いを受けた経済界も動き始めている。日本経済団体連合会(経団連)は「スタートアップ躍進ビジョン」を発表。5年後の2027年までにスタートアップの企業数を10倍の10万社に、ユニコーン企業の数を10倍の100社にすることを目標として掲げたレポートをまとめている。

経済同友会も「創業期を越えたスタートアップの飛躍的成長に向けて」という提言を発表。「健康管理を条件に、一定要件を満たすスタートアップには時間外労働の上限規制の適用を除外」することなどを求め、政府や自民党に働きかけを行っている。

こうした経済界の声を受け、政府が本気で「スタートアップ創出元年」を実現させるために努力すれば、大きなビジネスチャンスが到来するかもしれない。

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