【連載】コロナ禍で破竹の勢い、約8万5000人の会員を抱える「ローズキッチン」
《連載》百貨店業界が本腰を入れる食品宅配の現状と課題 第2回 高島屋
コロナ禍によって生じた「イエナカ消費」を追い風に、急成長を続けるのが食品の宅配だ。百貨店業界の各社も、新たなサービスを立ち上げるなどで本腰を入れる。いわゆる「デパ地下」の品揃えの上質さや稀少性、特別感は広く知られており、1度の注文で様々な飲食物を届けてもらえる利便性と送料の割安感も手伝い、総じて売上げは好調だ。20代や30代をはじめ、百貨店に馴染みがなかった人々の利用も多い。収穫は多いが、オペレーションや人員などに課題を抱え、「アフター・コロナ」でも食品宅配が一定の需要を維持できるかには疑問符も付く。食品宅配は、百貨店にとって中長期的な収益源に育つのか――。各社の現状を追う。
コロナ禍で破竹の勢いを示すのが、高島屋の食品宅配「ローズキッチン」だ。一般的な食品宅配業者とは一線を画す「デパ地下」を中心とした品揃えを基本に、顧客起点によるキメ細かい商品の入れ替えと“百貨店レベルのサービス”の追求が奏功。会員数は右肩上がりで、今や約8万5000人にのぼる。
ローズキッチンは、生鮮品から惣菜、和洋菓子、調味料、パン、和洋酒まで約1000種類を揃え、ウェブサイトや電話で午後3時までに注文すると最短で2日後に届く。送料は660円で、1回の注文が7560円以上で無料となる。入会金や年会費はかからない。
即日や翌日が珍しくない時代に“遅い”宅配だが、売上高は2016年度が約6億円、20年度が約42億円と右肩上がりに急成長。19年度には黒字化を達成した。
売上げの約7割を組織顧客が占め、うち約4割は外商。外商顧客の支持が厚いのは、バイヤーが稀少性の高い限定商品を定期的に企画し、接点を増やしているからだ。稀少な飲食物を揃えた専用のチラシもつくり、外商の担当者からも顧客に提案する。例えば昨秋には、世界的なブランド牛である「神戸ビーフ」にフォーカス。肉質が良い「牝限定の神戸ビーフ」を販売した。
特別感で外商顧客の購買意欲を喚起するとともに、品揃えのキメ細かい入れ替えやサービスの向上を徹底する。品揃えでは、3カ月や半年ごとに売れ行きをチェック。「1カ月に3000~4000個の注文があればヒット、1000個で合格と言える。人数も重視しており、毎月1000人が購入する商品は必ず残す」(太田勝朗MD本部 食料品部 食料品宅配マーチャンダイザー)。
顧客の声を聞き漏らさないように、外注のコールセンターにも協力を依頼。オペレーターに顧客の要望などを端末に入力してもらい、バイヤーに共有する。バイヤーは意見に目を通し、品揃えの改善に役立てる。
さらに、2年に1回の頻度で顧客にアンケートを実施。直近の調査では、高齢世帯の“本音”が判明した。「60~80代の売上げが全体の約7割にのぼるが、総じて夫は定年後も仕事、妻は趣味で別々の時間を過ごし、一緒に食べない。つまり、求められるのは『出来たて』ではなく『少量で簡単、便利』。アンケートには『台所での焼き物や揚げ物は、怪我や火事が心配だから調理を控えるように家族から言われる』という記述も山ほどあり、電子レンジで温めても衣がサクサクの揚げ物などが必要だった」。太田氏はヒントの発見を喜ぶ。
顧客起点の品揃えに加え、値頃感もローズキッチンの強みだ。「特別な商品を除き、基本的には単価は1500円までと心掛けている」(太田氏)。可能な商品は全て“買い取り”で、時には鮮魚を漁港から、日本酒を酒蔵から、問屋を通さず直接仕入れる。だからこそ、通常の「いかそうめん」は700円台だが、高鮮度かつ594円で提供できる。
商品のクオリティーにこだわりながらも、値頃感ある品揃えが、買い回りを促進。特に外商顧客は平均購入点数が12点で、客単価も約1万4000円と高い。
百貨店レベルのサービスも、盛況の原動力だ。太田氏は「サービスのレベルが低いと淘汰(とうた)される」と強調し、コールセンターのオペレーターには接遇の研修に参加してもらったり、新商品を試食してもらったり、ローズキッチンカタログの裏表紙の推奨品を紹介するコーナーに登場してもらったりしている。食品宅配を担う一員として、オペレーターに責任感と一体感を醸成する目的もある。
当面の課題は、新客の開拓だ。「既存顧客頼りでは先細りになる」(太田氏)と、次世代を担う30~50代に照準を合わせた品揃えの拡充や情報発信の強化に力を注ぐ。
30~50代は共働き世帯が多いため、ミールキットを昨年9月に投入した。同業他社も伸び代と位置付けるカテゴリーだけに、「和」を充実させて差異化。同月は8種類で構成し、いずれも1000~2000個が売れた。
情報発信では19年11月から、読者に富裕層が多い「婦人画報」と定期的にタイアップ。ローズキッチンで婦人画報のプライベートブランドの商品を特集して販売する一方、ローズキッチンのカタログの中から「味百選」や「銘菓百選」の別冊チラシを作成し、婦人画報の媒体に同封する。
結果、ローズキッチンで婦人画報のPB「家庭画報のえびめん」(648円)が4000個近く売れ、婦人画報の読者がローズキッチンの大口顧客になるなど、タイアップの効果は大きい。婦人画報とのウィンウィンの関係を踏まえ、他の異業種との協業も検討中だ。
急成長中のローズキッチンだが、最初から順風満帆だったわけではない。14年6月に始動し、横浜店での試験的な運用を経て、同8月には1都7県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、茨城県、栃木県、群馬県、山梨県)へ対象を拡大したが、18年度までは赤字。買い物難民の増加、高齢化や異常気象による客数の減少などに対応するため、店舗のサービスを補完する事業として立ち上げたものの、軌道に乗せるのは容易ではなかった。17年9月に就任した太田氏のミッションは「オリンピックまでの黒字化」。言い換えると、黒字化できなければ廃止も含めて再検討せざるを得ないほどの“崖っぷち”だった。
太田氏は「当時は調味料や米、精肉、青果などが品揃えの中心だったが、お客様にアンケートを行うと、ニーズとは乖離しており、すぐに調味料や米を絞り込んだ」と振り返る。改革への、そして飛躍への第1歩だった。
黒字化した19年度には、冷凍品のニーズの増加を背景に、3温度帯が完備された食品宅配用のセンターに移転。賃料の削減にも繋げると、段ボール箱は輸送費を圧縮できるサイズに変更。ウェブサイトの利用を促し、コールセンターの著しい席数増に歯止めをかけるなど、収入を増やす努力だけでなく、支出の引き締めにも心血を注いできた。
昨年8月30日には、ローズキッチンの対象地域を宮城県、福島県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県に拡大。「フォション」や「ペック」といった高級ブランドの冷凍パンを商品化するなど、品揃えの魅力化も進める。
「目標は10万人(の会員)」(太田氏)。すでに8万5000人を超えており、高過ぎるハードルではない。顧客起点の品揃えと百貨店レベルのサービスを貫き、揺るがぬ体勢でそれを飛び越える。