【再生プランの進捗と次への布石】三陽商会 大江伸治社長に聞く(インタビュー)
2021/07/15 4:00 pm
構造改革の延長線上に成長戦略
三陽商会は2カ年の「再生プラン」が今年度(22年2月期)に終了する。前期で不採算売場の撤退、在庫圧縮、人件費抑制などコスト削減策が進み、今期は基礎収益力の回復と黒字化を目標に、事業構造改革を加速させている。滑り出しの第1四半期は、前期から継続して取り組んできた諸施策の効果が表れ、順調な業績で推移した。今期は来期以降の成長戦略を見据えたオフェンス施策にも着手している。大江伸治社長に「再生プラン」の進捗度と次期成長戦略について語っていただいた。
黒字化へ、順調な滑り出し
――22年2月期第1四半期(3~5月)は、売上高が前期比51.8%増の87億円、営業損失が5億6600万円(前期29億9600万円損失)となり、ともに前期よりも大幅に改善されました。「再生プラン」の最終年度の滑り出しとして、どのように受け止められていますか。
大江 総じて順調です。再生プランに則って進めてきた事業構造改革が業績に結びついてきています。リアル店舗、EC双方ともにプロパー販売に徹してきたことで、粗利率が50%を超えました。想定を上回る数値ですし、前々期(19年度第1四半期)も上回る水準まで改善しました。特にECは前期がセールのプラットフォームのような状況でしたが、今期からプロパーサイトに切り替えた結果、売上げは減りましたが粗利率は大幅に改善しました。一方で前期から取り組んできた仕入原価の低減や在庫削減などの成果が表れてきていますし、販管費の削減も想定以上に進みました。
ただ、売上高は前期の1.5倍超に増加しましたが、19年比では3月が69%、4月が57%、5月が47%、3カ月合計で60%となっており、まだ6掛けの水準にとどまっています。6月の商況も懸念していましたが、後半戦で回復傾向に転じ、70%まで復調してきました。それも19年よりも土日が1回少ないため、実質は75%程度まで戻ってきた感覚です。7月以降、トップライン(19年度比75%で計画)が確保できれば、ボトムライン目標である通期の黒字化が達成できるのではないかと思っています。
――プロパー販売を強化されると、今年は夏のクリアランスの商売の仕方も変わってきますか。
大江 昨年のように9月初旬までダラダラと展開することはありません。夏のプロパー企画を仕込んでいますし、セールは8月のお盆までで、お盆明けには初秋ものも前倒ししてフェイスをプロパーに切り替えていきます。売場の鮮度を維持していくためにも、今年は商品サイクルをできるだけ前倒しして、未消化の商品はアウトレットストアに回していきます。リアル店舗と同じように、ECのセールも一定のルールの下に価格統制して展開していきます。
自社工場を統合、R&Dセンターへ
――「再生プラン」の最終年度の今期は事業構造改革の完遂による基礎収益力の回復を目指しておられますが、一方で来期以降の成長戦略を見据え、攻勢に転換していくための施策も進められています。2月1日付で自社工場のサンヨーソーイング(本社・青森県)とサンヨー・インダストリー(同福島県)を統合されました。
大江 これは両社の技術力を結集して新たにR&D(研究開発)センターとしての機能を持たせて、マーケットニーズ、マーケットデマンドに即した生産体制を確立していくためです。当社の企画・技術開発部門と連携して、新しい商品の開発や迅速な商品化、あるいは小ロットや短納期生産などを進めていく必要があります。それと生産技術の継承と人材育成を図っていくための統合でもあります。
全社ベースで商品開発を進めていくために、事業統括本部長が議長になって全事業部と工場の各担当者が集まって案件に取り組む委員会を設けています。事業部サイドの提案をベースに議論して進めていく方が、マーケットニーズに対して迅速な商品化を実現していきやすいと思います。様々な案件については、必ず結論を出すようにしています。
――今年3月には「ポール・スチュアート」の日本国内における商標権を取得する契約を締結されました。来期以降の成長戦略につながるブランド商標権の取得ですね。
大江 長年の懸案事項でした。経済メリットが非常に大きい。これまでライセンサーの許諾を受けて行っていた日本国内のブランドビジネス運営における意思決定を当社が単独でできるようになり、契約更改のリスクもなくなりました。
これで中長期的視点による事業戦略が立てられるようになり、ブランディングに関する投資などこれまで以上に機動的かつダイナミックなブランドビジネスを展開することができます。取り扱いカテゴリーもメンズとレディスウエアに限定されていましたが、その領域も広がり、さらにサブライセンスビジネスも引き継ぎましたので、より幅広い領域での事業拡大が期待できます。
昨年11月にはブランドの世界観を表現するフラッグシップストアとして「ポール・スチュアート青山本店」を新設しましたが、好調な滑り出しで、次の成長戦略への布石になっています。当社の他のブランドへの刺激にもなっています。
――25年2月期に売上高520億円、売上総利益率55%、販管費率45%、営業利益率10%を目標に掲げられています。このKPI達成に向けた成長戦略を今期中に策定されるようですが、成長戦略に向けて下期以降に優先的に取り組まれる施策は何でしょうか。
大江 再生プランで掲げた事業構造改革に向けた施策を一つひとつ着実に実行していくだけです。粗利率改善のために、調達原価率の低減をはじめ、建値・総消化率の抜本的改善、MDサイクルの短縮化や在庫回転率向上などのインベントリーコントロール、不採算事業のローコスト運営を実行していきます。
また、チャネル戦略においては、リアル店舗を基軸にプロパー販売に徹しながら、百貨店では前期までに不採算売場の撤退が完了し、今期は坪効率の改善を進め、直営店では基幹ブランドやアウトレットへの出店を進めています。そしてECでは先ほど述べましたがリアル店舗と連動したプロパーサイトに切り替えています。
プロパー販売に徹し、粗利率改善
――25年2月期の目標数値達成に向けた成長戦略の方向性も示されています。
大江 成長戦略に奇手奇策はなく、マジックもありません。再生プランで実行した構造改革施策の延長線上に成長戦略があります。構造改革施策の継続によってKPIを改善していくオーガニックグロースを着実に実行して、成長戦略の礎となる強くて太い幹を育てることが大事なのです。その上で、今後の成長戦略の施策を接ぎ木とし、成長を加速させることでさらに大木に育てていくようなイメージです。
秋冬、品番数を4割削減
――ただ、ブランドバリュー再定義、デジタルマーケティング強化、ECプラットフォーム再構築、直営店出店強化の4項目を、今後の成長戦略の命題に掲げられています。既にオフェンス施策にも着手されているようです。
大江 ブランドバリュー再定義については、ブランド間の同質化が起きていましたので、再度、ブランドのキャラクターの明確化を進めました。お客様へのアンケートも行いながら、各々のブランドのデフィニション(定義)の原点を見つめ直したうえで、市場分析に基づき各ブランドのマトリックスも整理しました。いわばブランド本来の姿に戻したわけです。
今秋冬からは、ブランド本来のあるべき姿に基づいた品揃えが店頭で表現されてきます。秋冬から各ブランドの品番数を約4割削減しています。これまでマーケットニーズに対して必要十分条件を満たそうとする余り、幅広い品揃えになり、結果的に在庫が嵩み、ブランド同質化の一因になっていました。これが消化率や粗利率が下がる悪循環の一因です。
アパレルの務めは商品の編集能力にあります。ブランドの特性に応じて徹底して絞り込んでマーケットニーズに対応していくことがアパレルのプロの仕事だと思っています。品番数や仕入れ量を抑制したから売上げが減るのはプロではありません。商品の編集能力が低下すると、消化率も粗利率も改善できないと思います。
あくまでリアル店舗が主戦場
――デジタルマーケティングの強化とは、EC売上げを拡大していくための戦略ですか。
大江 CRM基盤強化、データ運用の見直し、あるいは顧客起点のマーケティングへの転換、OMOの推進に取り組んでいきますが、デジタルはあくまでリアル店舗の補完機能です。接客販売を通じてこそ商品の価値を伝えることができますし、ブランドの世界観を十分に表現できるのはリアル店舗であり、ECの中だけでは限界があります。
当社にとってリアル店舗が主戦場であることに違いなく、お客様にきちんと説明するプロセスを省いたら私どもの存在意義がなくなってしまいます。
――とはいえEC事業は伸びています。ECプラットフォームはどのように再構築されていかれるのでしょうか。
大江 当社ではサイトのゼネラルストアである「サンヨー・アイストア」と、各ブランドのサイトを運営していますが、必ずしも連動していない。リアル店舗との相互補完の体制も確立されていません。まずサンヨー・アイストアと各ブランドサイトの役割を明確にしたうえで、どのようなプラットフォームがお客様にとってわかりやすく、使いやすくて、買いやすいサイトになるのか、最適なオペレーションを含めて検討している最中です。
――25年2月期に目標とされている営業利益率10%確保のハードルは高い気がしますが。
大江 再生プランで実行してきた構造改革の施策を継続しつつ、毎期1%ずつ粗利率をこじ開けていくことができれば、24年度には粗利率55%、そして販管費率45%が実現できると考えています。私としては最低ラインの目標です。この実現のためには、繰り返しになりますが、構造改革施策の継続によるKPIの改善、このオーガニックグロースの着実な実行が前提になります。